愛梨の旅行 2

 メールは全部で八件あり、すべて定点カメラで撮影された動画だった。

 

 動画には高級そうなホテルのベッドや旅館らしき場所に敷かれた布団の上でなど、様々な場所で何度も身体を重ねている男女が鮮明に映っていた。


 そしてその動画の中の女性は間違いなく愛梨だった。


 身体の震えが止まらない…… 上手く呼吸が出来ず息苦しさは増し、頭はまるでここが現実ではないかのようにぼんやりとしている。


 ベッドの横に脱ぎ散らかしてある出発前に着ていた服とお気に入りだと言っていた下着が映っていた。


 そして愛梨が元カレに抱かれ、今まで聞いた事のないような声を上げ乱れる姿が撮影されていた。


 他にも場所が変わり、旅館のような部屋で愛梨から求めているようにも見える姿も映されていて、吐き気を耐えながら確認していたのだが、五件目のメールまで確認している途中で耐えられなくなり、トイレへ駆け込みあまり入っていなかった胃の中身を吐き出した。


 愛梨…… 

 やっぱり止めれば良かった。

 でも、今更後悔してももう遅いんだ。


 口をゆすぎ、もう一度メールの中身を確認するためにパソコンの前に向かおうとするが、足が震えて近付けない。


 これ以上見てしまうと、きっともう俺は……


 すると再生されたままだった動画の音声がパソコンから聞こえてきて


『…………愛してるっ!! ……愛してるぅぅっ!!』


 喘ぎながら元カレに『愛してる』と言っている愛梨の声が聞こえ、俺の中で何かが壊れたような気がした。




 ◇




 気が付くと俺は家から逃げ出し、車に乗り込んでいた。

 

 これからどうするべきか、どんな顔をして愛梨を迎えればいいのか分からない。


 スマホと財布だけは持ってきたが、今は家に居たくないので適当に車を走らせる事にした。


 今日の夜には愛梨は帰宅する予定だ、俺が居ないと心配するだろう。

 でもあんな動画を見てしまったから何事もなかったかのようにはもう振る舞えないと思う。


 しばらく愛梨の顔は見られないかもしれない……


 元カレと旅行するという事は、こうなると想定はしていたはずなのに、実際に映像として見せられるとダメージが大きい。


 するとスマホに着信があり、路肩に車を停車させて画面を見てみると興信所からの電話だった。


『黒田さん、奥様は今、相手と別れて帰っているようですが、自宅とは別の方向の電車に乗り込んで移動していますが…… どうしますか?』


「……引き続きお願いします」


『分かりました、何か分かったらまた連絡します』


 愛梨、一人でどこに行くんだ? 

 ……愛梨が何しようがもう、俺にはどうしようもないが。


 今日は両親の所に泊めさせてもらおうか、いや…… 俺が居ないと愛梨が両親にも連絡してくるかもしれないし…… そうだ。


 俺は隣町にビジネスホテルがあった事を思い出し、車を走らせ向かう事にした。


 そしてホテルに着いて、空いていた一番安い部屋を取り、鍵を受け取ってその部屋へと向かっている途中、メールの着信音が鳴った。


 メールの相手は愛梨で、開いてみると


『ゴメン! 友達とご飯を食べて帰るから終電に間に合わなさそう! 今日は友達の家に泊めさせて貰うね、明日また帰る時に連絡するから』


 と書かれていた。


 俺は適当にスタンプで返事をして、スマホをポケットにしまい、ホテルの部屋の鍵を開けた。


 部屋に入りベッドに腰掛けでボーッとしていると、また興信所からの着信があり


『奥様は飲食店に入って女性と合流しました』


 という興信所からの連絡を受けて、今日の尾行は終了してもらった。


 そしてベッドに倒れ込み、ぼんやりとした頭のまま天井を見つめて今までの愛梨と過ごした日々を思い出していた。


 色々楽しい時や苦しい時もあったけど、ずっと二人で共に歩んでいこうと決めて、永遠の愛を誓い合った。

 だけど結果は……


 どうする? 俺はどうしたい? 

 愛梨…… 

 これは間違いなく不倫だ、バレたら夫婦関係が終わってしまうリスクがあるのに、愛梨は何を考えて行動していたんだ?


 もし理由があったとして俺は許せるのか…… いや、許せると思ったから愛梨の事を咎めず、この悪い事態が過ぎ去るのを我慢して待つ事を選んだんだ。


 俺は覚悟が足りなかった、あの動画を見て心が折れてしまった。

 本当にこれからどうするんだ、俺は?

 駄目だ、思い出すとまた手が震えてしまう…… 


 考えたくない、けど目を閉じるとあの映像を思い出し吐き気がしてくる。


 そうしているうちに窓の外はうっすらと明るくなってきて、一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。



 朝食も喉を通らないと思い、早めにチェックアウトをした俺は、更に家とは反対方向へと車を走らせる。


 明日になれば仕事に行かなければならない、その前には家に帰らなくては…… そうすると嫌でも愛梨と向き合わなければならない。

 逃げ出せるなら逃げ出したい、そして心の整理が出来るまで一人で過ごしたい、それが今の俺の正直な一番の気持ちだ。


 学生の頃だったら許されたんだろうな…… そういえばあの頃も逃げてばかりだったな。


 また嫌な事を思い出してしまい気分が落ち込む。

 今は思い出したくないのでカーステレオのボリュームを上げ、ラジオから聞こえてくる賑やかな音楽を何も考えないよう耳に入れる。


 幸せな気分になるような歌詞を並べたつまらない音楽が今の俺には丁度良い。


 海でもみたいな、このまま海にでも向かうか。

 久しぶりだな、たしか結婚する前に愛梨と行ったきり…… ああ、どうしても愛梨が隣に居る時の事を思い出してしまう。


 こんな気分じゃ海に行ったとしても更に落ち込むだけで気分転換にはならないな…… 

 するとスマホにメッセージが届き


『昼頃には帰るから、お昼ご飯一緒に食べようね』


 愛梨からか…… もう諦めて帰るか。


 そして車をUターンさせて帰宅する事にした俺は、覚悟を決めて自宅へと向かった。

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