不倫の発覚 2

 仕事中も頭の中では愛梨の事ばかりを考えている。


 朝、仕事のために出るまでずっと俺の体調を気にかけ、何度も休むようにと愛梨には言われたが、二人きりで居たらおかしくなってしまいそうで逃げるように家から出てきた。


「黒田さん、顔色悪いですよ? あとは俺達がやっておくんで帰った方がいいんじゃないですか?」


「調子悪いんだろ秋司君、さっきから失敗ばっかりで危なっかしいぞ」


 だけど集中出来なくて小さな失敗を繰り返して、仕事を頼んでいた現場の職人さん達にも迷惑をかけてしまっている。


「すいません、それじゃあお言葉に甘えて現場を離れますんで、あとはよろしくお願いします」


 そして車に乗り込み、会社へ戻ろうとした所でプライベート用のスマホに連絡が入っているのに気が付いた。


 ……愛梨だ。


『体調、大丈夫?』


『何時くらいに帰れそうか分かったら連絡ちょうだい、明日の打ち合わせはキャンセルしたから、調子が戻らないなら病院で診てもらおう?』


 ……そうか、俺が何ともなければ明日も元カレと会うつもりだったんだな、愛梨。


 興信所の調査結果を見せて話し合うべきか、それとも見て見ぬふりをして何事もなかったかのように振る舞うか…… 


 今までは愛梨が待つ自宅に早く帰るため、早く仕事を終わらせる事ばかりを考えていたが、こんなに家に帰りたくないのは結婚してから初めてだ。


『ちょっと遅くなりそう』


 そう返信してから車を走らせ会社へと戻り、急ぎでやる必要があった見積りや各業者への工程の連絡をして、早めに退社する事にした。


 会社といっても働いているのは俺一人で、昔住んでいた俺の実家の二階にある小さな部屋を事務所として使っていて、引退してマンションに引っ越した両親がたまに一階部分にある倉庫を見に来るくらいだからほとんど誰も訪れないし、もし仕事で緊急の連絡があれば最初に俺に電話して貰うようになっているから、会社にずっと居る必要もない。


 ここに居れば高校時代の事も思い出してしまうしな……


 そして会社の車から自家用車に乗り換え、自宅とは反対方向へと走り出した。


 どこへ行こうか…… 静かな所が良いな。


 そして何となく走り続けて三十分、広い駐車場のあるコンビニに寄り、温かいブラックコーヒーを買ってから、コンビニの近くにある公園へと向かって再び車を走らせた。


 一人で車に乗っていて思い出すのは、愛梨と高校時代や二十歳になってから再会した後など、色々な場所をデートした事。

 二十歳の頃には、頑張って働いて貯めたお金で買った中古車で、休日になれば愛梨を連れてドライブに出掛けていた。


 ただ二人で居るのが楽しくて、目的もなく何時間もドライブして…… そんな日々が懐かしく感じてしまう。


 そして公園にある駐車場に車を停め、コーヒーを持って公園内に入り、近くにあったベンチに腰掛けた。


 この公園は周りを木で囲んだような造りの大きな公園で、隅の方に遊具などが設置されたスペースはあるが、あとは真ん中が原っぱになっていて、その周りを散歩出来るようになっている。


 遠くで小さな子供達が遊んでいたり、散歩するお年寄りなどが居る昼過ぎのそんな公園で、作業服を来た奴が一人でポツンとベンチに座っているのは目立つだろう。


 だけど今の俺にはそんな事は気にならないけどな。

 ……それよりも愛梨の事だ。


 

 浮気相手、になるのかは今の所はっきりとはしていないが、愛梨の元カレ…… 澤田冬矢さわだとうや、俺達と同学年の二十四歳。


 映像クリエイターとしてテレビ局の映像製作やアーティストのMV《ミュージックビデオ》などを手掛けているらしい。


 専門学校時代に愛梨と知り合って約一年ほど付き合っていたらしいが、何故別れたかは不明。

 その後、愛梨は俺と再会して復縁…… もしかしたらその頃から二股をかけられていたのか?


 いや、愛梨の性格からしてそんな器用な事は出来ないと思うが、今がその状況だしそれに関しても分からない。


 分からない事だらけだが、はっきりと分かっているのが二ヶ月くらい前から週に一度、俺には内緒で会っている事、しかも手を繋いで歩いているという事だ。


 興信所で見せられた写真には、店で食事をしている様子を遠くから隠し撮りしたものや、手を繋いで歩いている後ろ姿のもの、あとは元カレの車で家から少し離れた場所に送り迎えされている様子なども撮影されていた。


 ただ、ホテルへ入る様子や相手の家や自宅に二人で入っていく、などの行動はしていなかったみたいなので、はっきりと黒とは言い切れないと興信所の人には言われたような気がするが、疚しい事がなければ俺に隠す必要はないよな?


 愛梨を問い詰めるしかないのかな…… でも、そのせいで愛梨との結婚生活が終わってしまったら……


 俺は愛梨を愛しているし別れたくはない、でも愛梨の本当の気持ちを聞いてしまったら……


 ああ、もう! 昨日から考えがまとまらなくて同じような事を頭の中で繰り返し考えては悩んでいる。 


 すっかり冷めてしまったコーヒーを一口飲み、今後の事を色々と想像してため息をつく、するとスマホの通知音が鳴った。


『何時くらいになりそう?』


 愛梨からの連絡だ…… 気付けば公園に来てから二時間ほど経っていて、辺りはもう夕焼けで赤く染まり、少し肌寒くなってきていた。


 遅くなると連絡した返信が今頃? 愛梨にしては返信が遅いな。

 色々考え事をしていて気付かなかったけど珍しいな。

 いつもなら自宅で仕事をしているから、用事がない限り早めに返信があるんだけど…… 偶然だよな?


 はぁ…… そんな事ですら不信に思ってしまうなんて嫌だな、愛梨にだって連絡を返せない時くらいあるだろ。


 もしかして明日会えないからと今日元カレと会っていた? いや、まさかそんな…… 仕事もあるだろうし、そんな暇はないはずだ。


 でも仕事と言って元カレと会って…… 


 あぁっ、駄目だ! また同じような事ばかり…… 


『もうすぐ帰れそう』


 とにかく帰るしかないよな…… 


 そして残ったコーヒーを飲み干し、薄暗くなってきた公園を後にした。

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