閑話 胸キュンデートをしよう③
二人を乗せた馬車が整備が行き届いたアストライアの車道を走る。
城を発ってから数分。
馬の嘶きと共に馬車が静かに停車した。
車内は窓のカーテンを閉め切っており、外の様子を見えないようにしている。
従って、どこに到着したのかは分からない。
「……カーテンは開けるなよ。目的地は降りてからのお楽しみだ」
御者が扉の前に踏み台となる箱を置く間、ユリフィスが気障ったらしく唇に人差し指を置く。
イケメンだけに許されたその所作に僅かに頬を赤らめるフリーシア。
「は、はい……ユリフィス様」
「喜んでもらえると良いが……」
小声で呟いたユリフィスが先に扉を開け、外に降りる。
後ろに続く婚約者に向かってユリフィスが手を伸ばすと、それにフリーシアは自らの手を添えた。
そして馬車から降りた二人は自然と腕を組む。
「……ここは……劇場ですか?」
風に飛ぼされないよう、純白の帽子を押さえながらフリーシアが声を上げた。
辺りは大きな屋敷が立ち並ぶ貴族街の一角。
目の前にある白亜の大きな建物を見て、目を丸くする彼女の様子にユリフィスは首を縦に振った。
「その通り。アストライアで一番大きな劇場だ。ここを貸し切りにしてある」
中央にある六本の円柱と左右対称に造られた外観は一度見たら忘れられない美しさがある。
「……貸し切り……ですか。ユ、ユリフィス様、皇子様ですね……」
「まあな。これが権力だ」
今まであまり皇子らしい権力を振るえなかったからか、どこか得意げに言うユリフィスにフリーシアは微笑ましそうに眼を細めた。
開けっ放しの入り口の前には支配人らしきスーツを着た男が頭を下げて立っている。
「――お待ちしていました。ユリフィス殿下、フリーシア王女殿下」
「ああ」
鷹揚に頷き、二人は支配人の男の案内の元、劇場に足を踏み入れた。
控えめな音量だが、館内は心が浮き立つような音楽が流れており、耳に心地よさを与えてくる。
外観と同じ白く塗られた劇場内は荘厳さに溢れていた。調度品や装飾の美しさに感心しながら、二人は深紅の絨毯の上を進む。
移動中、支配人の男が劇場についての歴史や構造等々を説明してくれる。
二階にはパーティを行うための大広間とテーブル席が用意されているらしいが、ここへ来たのは当然食事の為ではなく演劇を観るためなので断る。
「それではごゆっくりお楽しみ下さい。両殿下」
ユリフィスとフリーシアは中央付近の一階席に腰を落ち着け、周りに誰もいない空間で開演を待った。
「ちなみに今から始まる演劇がどんな内容なのかは俺も知らない。そこは色々知っているだろうセレノアに任せた」
「……ふふ、お二人はやっぱり仲が宜しいですね」
「……そうか?」
「ユリフィス様があの方の前にいると、まるで本当の弟のように見えてしまいます。そして、それはセレノア様も同じです。ユリフィス様を見る眼差しは本当の兄のように優しい。だから考えてしまいます。どうして……腹違いとは言え、ご兄弟であるアーネス殿下とは上手くいかないのかと」
「……あの人は幼い頃、半魔に母親を殺されたらしい。だから、半魔と魔物を同一視している」
「……存じています。でも、その半魔の方とユリフィス様とは関係ないでしょう?」
「……そう簡単に気持ちは割り切れないものだ。君は兄と俺が仲良くして欲しいと、そう思っているのか」
「……叶うなら、そうですね。ご兄弟で敵対するなんて……悲しい事です」
ユリフィスは横目に見ながら、目線を下げた。
彼女自身、兄であるアークヴァインの第一王子と仲が良好だからそう思うのだろう。
だが、代々心優しく清廉潔白な人柄しか生まれえないアークヴァイン家とは違って、ヴァンフレイム家はいずれの代も血で血を洗う権力闘争を繰り広げてきた一族だ。
ユリフィスも同じ歴史を辿る可能性が高い。
フリーシアが悲しむとしても、兄弟間の争いは避けられないだろう。
「……す、すみません、暗い話をしてしまって……」
ユリフィスの表情を見て、眉根を下げたフリーシアから謝罪の言葉が贈られる。
「……いや、別に構わないさ」
「……話題、変えましょうか。ユリフィス様は演劇にご興味があったのですか?」
フリーシアが声を潜めて尋ねてくる。
「……俺はこういった娯楽に触れてこなかったから、言ってしまえば全てに興味がある」
白天宮にほぼ軟禁されていたユリフィスとしては全てが未知だ。
「……そう、でしたね。貴方様はずっと一人で……では、これからたくさん経験しましょうね。私と一緒に」
「……ああ」
肘置きに置いていたユリフィスの手にフリーシアが自分の手を絡ませる。
ぎゅっと手を握って恥ずかしそうに俯く彼女の美しい横顔に思わず見惚れた。
いつもは自分から手を繋いでくる事なんて皆無なのに、今日は随分と積極的だ。
ユリフィスが仕返しだとばかりに手を優しく握り返すと、俯いたままのフリーシアの頬の赤みが耳までじわりと広がる。
そこで、二人のイチャつきを止めるように上映ベルが鳴り始めた。
数秒もすると劇場内の照明が全て消え、完全な暗闇が訪れる。
幕が上がり、いよいよ演劇が始まった。場内に光があふれ出す。
『剣帝様、どうか南の霊峰に住む白竜を討伐してくださいませ』
『……白竜? 灰の女王の事か』
王冠を被った豪奢な衣服を着た男が剣帝と呼ばれた鎧の剣士にお願い事をする場面から始まった。
『あの白竜は我が王国に対し、再三生贄を要求してくるのです。恐ろしい事に、あの竜は人の肉を好んで食べる悪癖があります。ついには私の娘も食べられてしまいました。どうか剣帝様、あの憎き竜を打ち倒し、我が国をお救いください』
『……武者修行の旅の終着点が噂に名高い灰の女王になろうとは。ふっ、良いだろう。お前の娘は知らない仲ではなかった。行ってやる』
『我が軍も総出をあげて剣帝様のお手伝いをいたします』
『いや、折角の申し出だが、俺一人で向かう。例え最強の竜であろうと、一対一で戦わなければ卑怯になるというもの』
剣帝はそう言って一人城を発った。
そして、場面は移り変わる。
辺り一面、灰と化している寂しい霊峰。
その頂上で剣帝が出会ったのは、恐ろしくも美しい白い髪の美女だった。
辺りには白骨化した死体がいくつも並んでいる。
『……おい、そこの娘。何故こんな場所にいるのだ。ここは生贄を所望する竜が住むと言われる危険な場所だ』
『……またか人間。また懲りずにわらわが貯めこんだ財宝を盗みに来たのか?』
『何を言っている?』
『こうして集めたお宝を見て、手入れをしているだけのわらわの生活を何故邪魔する』
『……まさか、お前が灰の女王なのか』
剣帝は剣を握り、辺りに視線を配った。
既に朽ち果てた死体、その多くが武装してある。生贄に来たとは思えない服装。
それを見て、事の次第を理解した剣帝はそれでも戦う事を決めた。
『……愚かな人間じゃ』
轟音や剣戟の音が場内に響く。どうやっているのか、ユリフィスさえも対処できないのではと思うレベルの体術の応酬が舞台上で繰り広げられる。
(いや、役者の身体が透けている……これは魔法か)
劇団の誰かの中に、幻影を動かす固有魔法か血統魔法を使える者がいるのだろう。
戦いは三日三晩続いた、そうナレーションで説明が入る。
『……こ、ここまでわらわと戦える者がいるとは。しかし所詮、人間。わらわの真の姿を開放すれば――』
その瞬間、白髪の美女と剣帝に対して、幾本もの光線が降り注いだ。
これも魔法による演出だ。
『――やったぞ。これで古代の財宝は私のものだ』
剣帝に依頼を出した国王とその家臣たちがやってきて、二人を突如として襲った。
『何が灰の女王だ。所詮は魔物、隙を突き、カノンから借りた兵器を使えば討伐は容易い』
その言葉に、白竜を光線から庇った剣帝は唸った。
『来ると思っていたぞ、国王』
白髪の美女が目を見開いて驚く。
『……人間、何故わらわを庇った……』
『お前との会話で、大方の事情は把握していた。こうして戦っていれば、漁夫の利を狙った馬鹿が来るとそう踏んだまでの事』
『わらわを相手に、手加減していたのか……』
そして、一体と一人は協力して国王たちを倒した。
『礼は言わんぞ、あのような輩、わらわ一人でも倒せた』
『分かっている。だが、灰の女王よ』
『……何じゃ』
『このような寂しい場所で、集めた宝を磨くだけの生に何の意味がある。財宝が好きなら、俺の国に来れば良い』
『……何じゃと?』
『俺はお前に興味が沸いた。お宝を磨くだけが生きがいと言ったが、随分と寂しい人生、いや竜生だ。お前は歌を聞いた事があるか? 詩を書いた事は? 絵画を見た事はあるか? 何事も体験してみるがいい。俺が教えてやる。楽しいぞ』
『言わせておけば……わらわに説法するか、人間風情が』
怒鳴る白髪の美女と、意に返さない剣帝。小気味良い会話が繰り広げられる。
その二人の会話を最後に暗転する。
二人がどうなったのかは、描かれないらしい。
「……ユリフィス様……あ、あの、これって……」
今まで見入っていたフリーシアがどこか感動した様子で瞳を潤ませていた。
「……セ、セレノア……どこから見つけてきたんだ……」
反対にユリフィスは何とも言えない顔で舞台上に視線を向け続けていた。
照明が再び付き、一気に光を取り戻した舞台上には役者たちが揃っていた。
中央に立つ耳が長い初老の男――エルフ族だ――が礼をしながら、
『……ユリフィス殿下、これは神正教が帝国内に引き込まれる以前。今から二十年以上前、ごく一部で流行った英雄譚です』
「……」
『剣帝は伝説的な傭兵として、大陸中で名を馳せたお方。私も一度、命を救われました。かの者の隣には、いつからか白髪の美女が並んで、天下無双を誇りました』
「……そうか」
軽く目を見張ったユリフィスにエルフ族の男が続ける。
『貴方様は……どうしてかあのお二方に似ていらっしゃいますな』
しばらく間をおいて。
気がつけば、ユリフィスは真剣な表情で尋ねていた。
「その二人は……お互いを愛していたのか?」
『さあ、それは。ですが、良いコンビでした』
「……」
ユリフィスはフリーシアの他に、誰もいない客席で天を仰いだ。
少なくとも自分は……望まれて生まれてきたのかもしれない。
どこかホッとした自分に、ユリフィスは苦笑した。
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