閑話 胸キュンデートをしよう④



 演劇を見終わり、劇場を出た二人は再び馬車に乗り込んで次なる場所へと向かっていた。


「……ユリフィス様、面白かったですね」


 向かい合わせに座ったフリーシアが穏やかに微笑んで感想を端的に述べるが、


「……俺は普通の劇が良かったな」


 何とも言えない表情を浮かべたユリフィスは片眼鏡モノクルを外して目頭を揉みこんだ。

 そのどこか気恥ずかしさを堪えているような態度に、フリーシアは優し気に瞳を細める。


 自身の感情とは裏腹に、ニコニコしている婚約者をちらりと流し見たユリフィスは彼女が楽しめなら良かったと前向きに思う事にした。


(……両親の馴れ初めを劇にしたものを間近で見せられて喜ぶと思ったのか)


 ヴィントホーク城に帰ったら従兄に対して苦言を言おうと心に決める。

 彼がため息を吐き出したところで、アストライアにある時計塔から正午を知らせる鐘が鳴り響いた。


 昼食には丁度良い時間帯だ。

 数分も経つと馬車が停車した。


 ユリフィスはカーテンを捲って窓の外に視線を向けた。

 人通りの多いアストライアの平民街、その大広場が視界に映る。


「……フリーシア。昼は露店で済まそう」


「……か、買い食いというものですね?」


「ああ、昨日やりたいって言っていたからな」


「は、はいっ」


 二人が馬車から降りると、街中から歓声が上がった。


「おお、ユリフィス殿下だッ!」


「まあ婚約者であられるフリーシア王女殿下までッ」


 がやがやと更に騒がしくなる中、腕を組んだ仲睦まじい皇子と王女の二人に視線が集中する。


 さりげなく大広場には前世で言う警察組織に等しいアストライア警備隊の面々が配置されている影響で、無遠慮に近付いてくる者はいない。


「……やはり普通の、こ、恋人のようにはいきませんね」


「まあな。だが、絡んでくる者がいないだけマシだろう」


 大きく手を振る観衆にユリフィスが手を挙げて応えると、黄色い悲鳴がちらほらと聞こえ出した。


 フリーシアも彼に倣って恥ずかしそうに手を振ると、ユリフィスの時とは違って男達の野太い声がうねりを上げて大きくなる。


(……いずれはこの街の雰囲気を帝国全土に波及できたらな)


 理想を夢見つつも、今はデートを楽しもうとユリフィスは思考を切り替える。


 大広場にある大きな噴水の傍を通って、ユリフィスとフリーシアは適当に散策を始めた。


「どれが食べたい?」


「……そ、そうですね……」


 居並ぶ屋台や露店から白い煙が上がっている。

 タレをまぶした串焼きや揚げ物の匂い、海鮮をふんだんに使ったパエリア等々の香りが煙に乗ってやってきた。


 その他にも色とりどりのフルーツや菓子まで、扱っている物は店によって違う。


「あ……」


 フリーシアが見つけた店の前には多くの人だかりができているため、彼女が悲しそうに眉根を寄せる。

 だが、その様子を見た街人が二人に譲るように店の前から距離をとり始めた。


 自然と道が開かれていく様にユリフィスは笑みを浮かべ、


「好意に甘えて、この店にしようか」


「よ、横入りみたいで申し訳ないですが……み、皆様ありがとうございます……」


 やってきた皇子と隣国の王女を前に、がちがちに緊張したエプロンを付けた店主の男が声を上げる。


「い、いらっしゃいませ、ユリフィス殿下、フリーシア王女殿下ッ」


「ああ、盛況そうだな」


「は、はい、有難い事で……」


「では、俺たちも売り上げに貢献しよう」


 ユリフィスが懐から財布をとり出した。

 中から銀貨一枚を差し出しながら卓の上に置く。


「え、買っていただけるのですか⁉」


「ああ、そのために来たんだ」


「……はい、とても美味しそうな匂いがこちらから漂ってきましたので」

 

 この店が提供しているのは衣付きの魚にフライドポテトのセットといういわば前世のフィッシュ・アンド・チップスに似た料理だ。


「で、ですが、両殿下からお代を取るなどッ」


「いや、一度出したものを引っ込める気はないぞ。ちなみにお釣りはいらないから、取っておいてくれ」


 一度言ってみたかったんだと冗談混じりに囁くユリフィスにくすくす微笑みながら、フリーシアは店主から包装紙に包まれた揚げたての料理を受け取った。


「あ、熱々ですね……」


「火傷に気をつけてな。何なら代わるぞ」


「あ、は、はい」


 彼女から料理を受け取ったユリフィスは、指で包装紙の中にあるポテトを一本つまむ。


「あ、ユリフィス様、ズルいですっ。わ、わたしも」


 揚げたてだけあって、サクッとした食感と程よい塩気が合致して自然と手が進む。


「美味いな」


「あ、ありがとうございますッ」


 店主が深く頭を下げる。


「こ、これは手で食べるもの、なんですよね?」


 フリーシアがユリフィス同様、ポテトを一つ摘まみながら尋ねる。


「は、はい。そのようにして食べるのが定番かと。よ、汚れるのがお嫌でしたら何かつけますが?」


「……いえ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」


 礼を言いながら微笑んだフリーシアに店主は頬を赤くしながらあたふたし始めた。


 そのまま二人は大通りを歩いて巡る。


「ユ、ユリフィス様、あーん……とか、してみますか?」


「やりたいのかフリーシア?」


 からかうように片眉を上げたユリフィスに対して、フリーシアは俯き加減で、


「は、はい。したい、です……」


 素直に告げたフリーシアの真っ白な頬が果実のように赤くなる。


「ダメ、ですか?」


 こてんと首を倒しながら上目遣いで尋ねてくる婚約者にドキっとしつつ、


「いや、駄目じゃないが。衆人環視の中やるのは勇気がいるな……」


 今もなお、周りからの視線と歓声は止むことはない。


「よし、先に俺がやろう。フリーシア、口を開けて」


「い、いや、ユリフィス様からです。あーん」


 二人とも相手の口にポテトを差し出したまま硬直し、どちらからともなく笑った。


「……はい、気を取り直して。ユリフィス様っ、あーん」

 

「……あ、あーん」


 直前で悪戯を思いついたユリフィスは素直に口を開けるふりをして、ポテトごと彼女の指を僅かに舐める。


「ひゃっ……も、もうユリフィス様っ」


「美味いな」


 顔を真っ赤にしながらジト目を向けてくるフリーシアにユリフィスは素知らぬ顔で応じる。


「も、もう……ユリフィス様は……」


 そう言いながらフリーシアはユリフィスに舐められた指で今度は魚のフライを掴む。


「これは私一人で食べます。驚かせた罰です、ユリフィス様っ」


 そう言ってフライを一口食べた後、指についた塩をフリーシアはぺろりと舐め取った。


 そしてユリフィスを静かに横目で見る。

 耳まで真っ赤にしながら。


「……君にしては大胆だな。間接キスか」


 ユリフィスが僅かに頬を赤くしながら指摘すると、


「い、言わなくていいんですっ、そういう事はっ」


 僅かに声を荒げながらフリーシアはもう一口パクりと頬張った。

 


 

 

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