閑話 胸キュンデートをしよう②



 迎えた翌日。


 約束のデート当日を迎えたユリフィスとフリーシアは朝食を共にした後、別々の部屋に分かれてそれぞれ髪や衣服を自身の傍仕えに整えられる事となった。


 普段通りでもユリフィスは良かったのだが、従兄であるセレノアを筆頭として、多くの使用人達にデートはお洒落するものだと熱弁されたので、仕方なくされるがままの格好となった。


 正直に言えば、自分はともかくフリーシアがどんな風に変わるのかは少々楽しみだ。


「フリーシア様、すっごい楽しみにしてたよ?」


 宝石があしらわれたドレッサーの前で、ユリフィスは装飾付きの椅子に腰を落ち着けた。


 彼の背後に立つのは傍仕えである褐色肌の可愛らしいメイド、マリーベルである。


「……昨日一緒にお風呂に入った時ね、ずっとソワソワしてた。ほんと可愛いかったな……」


「……嫌がってないなら良かった」


「……うん。見てて、ちょっと羨ましかったくらい……」


 小声で言ったマリーベル。

 鏡に映る彼女が寂しげに目を伏せる。


 しかしユリフィスの視線を感じたのか、ハッとした様子で笑みを浮かべ、いつもの快活さを取り戻した。


「なんてね、じょーだんじょーだん」


 にぱっと微笑んでから、マリーベルが香油を数的手に垂らし、ユリフィスの髪になじませていく。


「……どう、あたしもメイドのお仕事に慣れてきたよ?」


 そう言われてみれば、朝食の席で出された食後の紅茶もマリーベルが淹れたものだった。


 接客は置いておいて、給仕の面では平均的になってきたのかもしれない。


「それは確かに」


「貧民街の孤児院で暮らしてたあたしが……ハーフのあたしがメイドとしての仕事を立派にこなしてる。結構頑張ってるんだけど? 褒めても良いんだよ?」


「立派にって自分で言うのか」


「だって本当の事だもん」


「まあ……よくやった」


「適当やめて? あと上から目線も」


「俺は皇子だぞ、一応」


「あ、そうだった」


 くすりと笑うマリーベルに釣られて、ユリフィスも頬を緩める。


 だが、忘れてはならないのがマリーベルをこちら側に引き込んだのは彼女にメイドの仕事を極めさせるためではないという事だ。


 元々、彼女はドワーフ族の血を引く鍛冶の天才である。

 メイドとしての家事ばかりではなく、鍛冶にも取り組んでもらいたい。


 このアストライアなら、絶対的な権力を手にしたセレノアの力を借りて彼女に工房を用意してあげる事もできる。


 何よりユリフィスはセレノアが持つ【王鳥の弓】のように、自身専用の武器が欲しいのだ。


「……マリーベル」


「ん、何?」


「俺やセレノア、ノエルは準備が整い次第、この街を出る」


「……また戦いに行くの?」


「ああ。これ以上、【影蛇】の暗殺者たちに狙われないためにも元を断つ。だが、あの組織のトップ――頭領がどれほど強いのか俺も検討がつかない。万全を期すために、マリーベルには俺の武器を作って欲しいんだ」


 鏡に映るマリーベルの瞳が驚きで見開かれる。

 彼女は視線を下げ、動揺した様子で瞳を揺らした。


「……ユリフィス、もう魔法で剣出せるじゃん」


「<灰魔鋼グレイ・メタル>の事か。だがアレは本来の魔法の持ち主ではないからか、すぐ壊れる」


 それでも、マリーベルは気乗りしない様子で難しそうに眉根を寄せている。

 ユリフィスは首を傾げながら、


「……鍛冶工房はセレノアが何とかしてくれる。お前が望むもの全てを用意する」


「……ユリフィスはさ……あたしの武器なんかなくても強いし……」


「マリーベルの武器があれば俺はもっと強くなれる。だから頼んでいるんだ」


「そんなの分かんないじゃん……竜化した状態の力に耐えられる物となると……あたし、ユリフィスに失望されたくない」


 ユリフィスは椅子からゆっくりと立ち上がって、マリーベルと向き合った。


「そんな理由で渋っていたのか?」


「……そんな理由って何」


 そっぽを向いて唇を尖らせるメイドに、ユリフィスは内心苦笑する。


「お前ならできる」


「……だから、そんなの――」


「できる。お前なら間違いなく。俺は信じてる」


 原作の彼女が作った主人公の専用武器が、魔導帝となったラスボスの自分を殺した。


 竜殺しの聖剣。


 あの天下無敵の剣を自分が手にできれば、今以上に強くなれるのは間違いない。


 ユリフィスが真剣な表情でマリーベルの瞳を見つめると、彼女の頬が徐々に朱に染まっていく。


「……わ、分かった、分かったから……もう……」


 見ないで。それは言葉にはならない。


「もう、何だ?」


「うー、コイツマジで……」


 顔を逸らして距離を取るマリーベルに、ユリフィスは腕組みをしながら、


「期待に応えられないのが怖いと言ったが、たった一回で成功しろなんて言ってない。何度も挑戦して良いんだ。失望なんかしないさ。少なくとも俺は……マリーベルの才能をこの世界の誰よりも信じているからな」


 優し気にユリフィスは告げる。


「……やってくれるか?」


「……」


 まだ頬に赤みが残るマリーベルがジト目を向けてくる。

 数秒間、何か言いたげに目の前の皇子を見つめた後、視線を逸らしてからこくりと頷いた。


「よしっ」


 嬉しそうに拳を握って喜ぶユリフィス。

 その彼の珍しく子供っぽい様子にマリーベルは吹き出すように笑い、優し気に目を細めた。


 そして、心の中で呟いた。


(……ありがと、ユリフィス)





*   *   *






 澄み切った青が疎らに浮く雲の隙間から覗いていた。


 降り注ぐ太陽の光が何よりのデート日和である事を示している。

 ヴィントホーク城前に止まった一台の馬車には御者が一人だけ乗っていた。


 他に使用人の姿はない。


 準備を整えたユリフィスは自らの姿におかしい所がないか見下ろす。


 ホワイトシャツの上に黒のベストを着て、胸元のポケットから青い宝石のブローチを覗かせている。

 

 肩にはマントを羽織り、下は黒のスラックス姿。


(……まあ、大丈夫か?)


 左目に付けた片眼鏡を押し上げながら、横に並んだ婚約者側の肘を軽く曲げ、脇にスペースを空ける。


「――行こうか、フリーシア」


 その彼の腕にそっとフリーシアが手を添える。


「……はい、ユリフィス様」


 そこで、ユリフィスが何かに気付いたように硬直した。


「……悪い、言ってなかった」


「え?」


 ユリフィスは彼女をちらりと見下ろす。


 白い帽子が風で飛ばされないように、フリーシアがそっと頭の上を押さえる。


 清純な彼女を象徴するかのような白のワンピースドレスに、肩には暖かそうなストールが乗っていた。


 三つ編みのハーフアップにした美しい銀髪。

 前髪は綺麗な青の宝石が付いた髪留めで止められ、珍しく形の良い額が見えた。


 薄っすらと化粧が施された顔はいつも以上に大人っぽくて、直視すると胸が高鳴る。


 普段より高いヒールを履いている事もあってか、目線の高さが近い気がした。


「可愛い。よく似合ってる」


「……あ、ありがとうございます……」


 頬を染めたフリーシアが俯き加減で、


「……ユ、ユリフィス様も……かっこいい、です」


「……」


 何ともむず痒い気持ちになったユリフィスだったが、背後に聳える城の上階の窓から視線を無数に感じて我に返る。


「……じゃあ出発しよう」


「……はいっ」


 太陽の光に照らされ、意気揚々に微笑むフリーシア。

 本当に楽しみにしていたんだと感じられる笑顔に、ユリフィスも嬉しくなって目を細めた。

 

 このままの笑顔で終われれば最高だと、切に願う。


 今まで碌に緊張した事はないユリフィスは僅かに早鐘を打つ胸を押さえた。

 

 人生初めてのデートが、始まる。

 

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