閑話 胸キュンデートをしよう①



 自らの従兄の伝手と情報網を駆使して、残りの【覇道六鬼将】である二人のハーフエルフの幼子を捜索させている間。


 もうすぐ内戦が始まるという、帝国中が慌ただしくなる日が迫った今日この頃。


 ユリフィスは考えていた。


 第二の帝都と言われる程大きな街、アスライアで一番やりたかった事は何か。

 そう、それはヴィントホーク家の権力闘争や暗殺者達との切った張ったではないはずだった。


 領主であるセレノアとは違って、ユリフィスはただの客人である。


 故に任される仕事は皆無だ。


 ただすぐに忙しくなる。

 ハーフエルフの双子を見つけ次第迎えに行き、ブラストを呼び寄せ、蛇の里に攻め込む。


 そして、しばらくは己の婚約者と会えなくなる。


「……明日、デートに行こう」


 夕食を部屋に運ばせ、ユリフィスとフリーシア二人だけの空間で食事を取ろうという時に。


 豪勢な料理を前に、椅子に座った彼が開口一番そう口にした事で、フリーシアは咳き込みながら顔を真っ赤に染めた。


「……え、あの、いわゆるあのデート、ですか?」


「ああ。そのデート以外に何があるんだ。デートなんて、きっとこの街でしかできない。変装せずに半魔の俺が堂々と街の中を歩いても、嫌な顔一つせずに対応してくれるこの街でしか」


「……それは……確かにそうかもしれません」


「だから行こう。明日」


「あ、明日ですか?」


 優しげなタレ目をぱちくりと瞬かせる婚約者の姿に、ユリフィスは頷きを返す。


「嫌か?」


 ユリフィスが問うと、フリーシアは勢いよく首を左右に振った。


 彼女は唇を引き結び、神妙な面持ちで、


「……ふ、二人っきりで、ですか?」


「そうだな」


 あまり二人の時間を最近は取れていなかった事もあったし、殺伐とした時を過ごし続けてきた。


 だからこそ、ユリフィスはフリーシアという癒しが欲しかった。


「二人じゃない方がいいか?」


「……い、いえ、できれば二人だけだと嬉しい、です」


 尻すぼんでいく言葉にユリフィスは頬を緩める。


「……じ、実は憧れていたんです。誰の目も気にせず、ユリフィス様と街の中を二人で歩いてみたいって」


 若干テンションが上がっているのだろうか。


 フリーシアの素直な気持ちの吐露に、ユリフィスは思わず照れ臭くなった。


「……そ、そうか。なら良かった」


「はいっ。だって、私は一応王女ですし、ユリフィス様も帝国の皇子様」


「……俺は皇子という肩書きより先に半魔として扱われるだろうがな」


「……でもこの街では、貴方様は英雄です。ちょっとその手法は強引でしたけど、ユリフィス様が慕われているのを見るのは本当に嬉しいです」


 ユリフィスの姿を目にした領民達は、老若男女問わず笑顔が漏れる。


 そんな街にアストライアはなったのだ。


「あ、あの、どこに行くかは決まっているのですか?」


「……一応セレノアに聞いて色々店は調べてある。ただ教えないぞ。当日の楽しみという事にさせてもらう」

 

「……まあ、ユリフィス様が私のためにあれこれ考えたんだと思うと……」


 目を丸くした後、顔を赤らめながらフリーシアが口元に手を添えてくすくすと笑う。


 ユリフィスが悩む姿を想像して実に楽しそうだ。


 その彼女の表情を見ていると、ユリフィスも胸の内側が温かくなってくる。


「……そうだ。フリーシアはどこか行きたいところはないか?」


「……はい?」


「いや、俺が選んだ場所だけ回らせるのもどうかと思って」


 ユリフィス自身、ゆっくり街の中を歩き回る事すら人生初めての経験だ。


 その初めてが婚約者とのデートなのだから、不安しかない。


「あ、行きたい場所……と言いますか、一つだけ、その、してみたい事はあります……」


 言い淀みながら、おずおずと切り出すフリーシア。


「……なんだ。遠慮せず言ってくれ」


「は、はしたないって思われるかもしれませんが……その、闘技場の近くに屋台がたくさん並んでいますよね?」


「そうだな」


 もしかしてとユリフィスが顔に納得の感情を浮かべる。

 フリーシアは目を逸らしながら、恥ずかしそうに告げた。


「か、買い食い? というものをしてみたい、です」


 ユルフィスはその可愛さに条件反射で、


「よし、しよう」


 前のめりで返す。

 するとフリーシアは嬉しそうに瞳を輝かせて、


「あ、は、はいっ、その、二人で一つの食べ物を分け合ったり、とかも……」


 もじもじしながらそう続けた。


 皇族や王族という身分を取っ払って、ただ普通の恋人のような時間を過ごしたい。


 そんな彼女の想いが感じられて、ユリフィスは愛おしそうにフリーシアを瞳を細めて見つめた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る