第99話



 魔物達の生息地である魔境の一つ。


 名もなき危険区域。


 ヴァンフレイム帝国第一皇子フェルディアス・ヴァンフレイムは視察という名目を使って帝都から数キロ離れたその山中にいた。


 正確にはその山の内部をくり抜いて造り上げた実験施設に。


 鉄柵が設けられた巨大な入り口。

 その鉄柵の内側にある重厚な扉を潜ると、中は辺り一面全て金属壁で加工されてある。


 この実験施設にとんでもない額をつぎ込んでいる事がそれだけで分かる。


 危険な魔境に造った理由としてはシンプルに人目につかないから。

 後ろ暗い事をしている自覚は彼にもある。


 ただそれが帝国のためだという事はフェルディアスは微塵も疑っていなかった。


 施設内部をコツコツと足音を響かせて歩く。


 背後にはローブを羽織った魔砲士団員が次から次へと実験内容の報告を伝えてくる。

 ただ、その顔色は芳しくない。


「――殿下、我々の尊き血をどれだけ投与しても平民の中に血統魔法を扱えるようになった者はおりませんでした」


「薬物で肉体や魔力を強化しても壊れるばかりで……」


「貴族の身体に別の貴族の血を与えても同様の結果です。やはり血統魔法を人為的に誕生させる事は不可能のようです」


「……はぁ、上手くいかないものだね」


 フェルディアスはローブを纏った集団を引き連れながら通路の奥に進んでいく。

 魔砲士団員の一人が横の壁にあるレバーを引くと、金属扉が重厚な音を立てて開かれ、一行は一面ガラス張りの狭い部屋に着いた。


 出迎えたのは白衣を着た研究者然とした水色の髪を持つ年若い青年である。

 そして、その彼の近くのベッドに手枷や足枷で繋がれているのは痩せ細っただった。


「これは殿下、ようこそおいで下さいました」


「……ああ、グラスペル公。聞いたよ、やはり難しそうだね」


「申し訳ありません。力不足を嘆くばかりです」


 容姿が整った優しげな好青年同士、向かい合って話すだけで絵になる。


 ただ、二人が並んで見下ろすガラス張りの眼下の光景は常軌を逸していた。


 広い殺風景な空間に何台ものベッドがずらりと並んでいる。

 そこに縛り付けられた凄まじい数の人間が血液を投与されていた。


 白衣を着た人間たちがそれぞれメモを取ったり注射をしたりと反応を確かめている。


 人体実験場というのが相応しい光景。


「カスみたいな血統魔法すら再現できないんだ。聖王の魔法を再現する事は夢のまた夢だね」


 フェルディアスは窓ガラスから下を覗くのをやめ、部屋にあるベッドに縛られたか細い呼吸を続けている銀髪の男を眺める。


「そうですね。折角影蛇の暗殺者を影武者に仕立て、王国から攫ってきた今代の聖王本人の血も役に立ちませんでした」


「……難しいなぁ。聖王の結界魔法で帝都全域を包めれば、我が帝国は世界一の強国になるのにね」


 どんな国からも侵略を受けず、災害級の魔物すら寄せ付けない最強国家。


 それがフェルディアスの目指す理想郷。


「僕が世界の王になるには……やはり当初の案で行くしかないか」


「……。なんとも原始的な手段ですね」


「僕の二人目の弟が帝都から連れ出さなければ……今頃は僕の夢に近付きつつあったんだ。全く余計な事をしてくれたよ」

  

 黒髪を掻き上げながら肩をすくめたフェルディアス。


 だがと笑みを浮かべて、銀髪の男を指差した。


「――実の父が人質に取られていると知れば、彼女は僕に従わざるを得ない」


「……貴方が敵じゃなくて本当に良かったです」


 グラスペル公爵が呆れた様子で第一皇子を横目に見た。

 そんな二人の会話を戦々恐々とした表情で見つめる魔砲士団員たち。


 そのまま会話に花を咲かせ続ける皇子と大貴族だったが、突如として施設を大規模な揺れが襲った。


 同時に凄まじい破砕音が響く。


「――周辺のめぼしい魔物は狩ってるはずだろう?」


「……ええ、そのはずです。なので魔物じゃないかもしれませんよ、殿下。そこの君たち、オロオロしていないで状況を確認してくるんだ」


「は、はッ」


 部屋から出ていく複数の魔砲士団員だったが、数分後には青白い顔で帰って来た。

 一人の青年を中心とした騎士たちに拘束されて。


「――兄上」


 同じ皇族の証である黒髪で目付きの悪い青年が腰に下げた黒剣を抜きながら入室した。

 彼の横には帝国魔法騎士団副団長であるゴドウィン・エルバンや他の騎士団の面々が数多くいる。


「……説明していただけますか?」


 無表情で第二皇子アーネスはフェルディアスを睨む。


「……何をだい?」


「この施設の目的から、ここで行った自らの所業全てを」


「……告白してどうするというんだ。僕を裁くつもりか?」


「勿論です。貴方はずっと俺に優しかった。幼少期からずっとずっと。だから信じたくなかった。でも、目の前の光景を見て俺は黙っていられるほど異常じゃないんだ。兄上は――いや、お前は悪魔そのものだ。国民を何だと思っているッ」


「……そんな事より誰からこの場所を聞いたのかな? 宰相かな? 横にいるゴドウィンか? 末弟の息がかかっているとも知らずにのこのこやって来た間抜けが」


「……そんな戯言で俺を惑わそうとしても無駄だ。宰相はともかく、ゴドウィンは俺の最も信頼厚き副官だぞ」


 はあと揃ってため息を吐くフェルディアスとグラスペル公爵。


「……ユリフィスの目的は明白だと何故分からない。明らかに僕たちを争わせようとしているんだよ?」


「アレがそこまで考えているとは思えん。その話が事実だとしても、お前を野放しにするわけにはいかない」


「……やれやれ、ここでやり合う気かい?」


「隣国の王まで利用して……全てはお前が招いた事だ」


 剣術を極めし魔剣使いの第二皇子と、あらゆる貴族に忠誠を誓わせ、数十の魔法を操る魔法の申し子たる第一皇子。


 内戦の始まりは、当人同士の一騎討ちから始まった。




 

 

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