第98話
第二の帝都とも謡われる街、アストライア。
帝国の三大公爵家の一角、ヴィントホーク家が治める街で起きた様々な事件から数日が経過した。
この期間で多くの動きがあった。
まずヴィントホーク家先代当主の弟だったバレスが責任者となっていた円形闘技場は現公爵セレノアが接収。
加えて街を騒がせていた領民連続殺人犯とバレスが繋がっていた事を彼の息子たちから自白させ、セレノアは彼らを含めたバレスに従っていた一族の一部の騎士たちを殺人犯とともに処刑する事を発表した。
そして今日が一連の事件に全ての決着をつける処刑の日。
街の外れにある処刑場に集まった多くの民衆たちが夕暮れの中、赤い目の殺人犯と共に括り付けられた騎士たちの姿に怒号を注ぐ。
「――ああ、もう多すぎる」
しかし彼らの処分を決めたセレノア本人は現場には行かず、ヴィントホーク城の自らの執務室で領主として溜まりに溜まった執務に励んでいた。
卓の上に山のように溜まった書類に追われる若き公爵。
その大変そうな姿を他所に、ユリフィスとノエルは応接用に用意されたソファに座り、呑気にメイドから差し出された紅茶と皿に載せられた菓子を摘まんでいた。
「……セレノア、今後の事を相談したいんだが」
サクサクの触感と甘さが癖になるクッキーを頬張りながら告げた従弟の姿に、
「君は鬼か。あと少し待ってくれ」
セレノアが書類の隙間から恨みがましい視線を向ける。
「冗談だ。急ぎではないから後でもいいぞ」
ユリフィスは左目に付けた片眼鏡を外し、そのレンズを布巾で拭いてから、
「それにしても……何とか上手くいったな」
疲れた様子でソファに寄りかかって天井を仰ぎ見た。
目を閉じながら満足そうに頬を緩める彼の姿を横目で見たノエルが小さく笑みを浮かべる。
第三皇子の悪評はもうアストライアでは聞こえてこない。それどころか今では英雄としての呼び声が高い程だ。
加えて現公爵セレノアの地盤も盤石なものとなった。
「……まあバレスは捕らえて、まとめてセレノアに敵対する者たちと共に処刑する方針ではあったが」
「……」
表情を変え、仏頂面でそっぽを向いたノエルにユリフィスは片眉を上げながら、
「別に怒ってない」
「……本当?」
「ああ。あの場で死のうが処刑しようが、死ぬ事に変わりはない。もはやどっちでも良かった」
「……そうだね。結果は同じだ、ただ私は思わず笑ってしまったよ。あんな間抜けな最期は……迎えたくないものだ」
そのセレノアの言葉に、ユリフィスは動きを止めた。
そしてぽつりと告げた。
「お前たちは死なない。俺が死なせないからな」
「……どうしたの、ユリフィス」
「いや、何でもない」
ユリフィスはソファから立ち上がり、その哀愁漂う雰囲気を霧散させる。
「……ノエルとセレノア、それと後はブラストも召集してと。できれば奴隷になってるだろうハーフエルフの姉妹を見つける事ができれば……皆で蛇の里に攻め込めるんだが」
ぶつぶつと呟いたままユリフィスは夕日が差し込む窓の傍まで歩み寄る。
「……これからの事、か。実のところ察しはついているんだよね」
羽ペンを置き、手を止めたセレノアが椅子に座ったまま伸びをしながら続けた。
「私の矢を避けた暗殺者の事が君は随分と気に入っているみたいだった。影蛇から抜けさせたいんだろう?」
「……あの転移魔法を使う奴の事ね。まあ確かに強かったけれど……私たち魔人兵がいれば別にいなくてもいいでしょう?」
「お、ノエル殿が嫉妬してるよ、従弟殿。見てくれほら、可愛いから」
「殺すわよ、あんた」
セレノアを物凄い形相で睨むノエル。
「……確かに可愛いな」
軽い調子でユリフィスが便乗すると、ノエルは頬を赤らめながら短剣を抜いたので慌てて従兄弟二人が揃って謝る。
「――そ、それで私の予想は当たっているかい?」
場を仕切りなおす形でセレノアがユリフィスに問う。
「……そうだな。頭領を完全に滅ぼせば影蛇という組織は俺のものになる。そういう意味でも蛇の里に攻め込みたいところだ」
「なるほど、だが軍でも引き連れていったら相手側に悟られるね。君の様子を見る限り、少数精鋭で行くという事か」
「その通りだ」
そもそも
ノエルの
しかし今回に限ってはむしろ邪魔になる。
「……ユリフィス、肝心のその暗殺者共がどこにいるかは分かっているの?」
「ああ、大体の位置は。帝国の南端、魔物たちがうじゃうじゃいる禁則地の一つにあるはずだ」
「……どこで知ったのよ」
腕組みをしながらジト目を向けてくるノエルにユリフィスは秘密だと曖昧に返答する。
原作知識とは言えないので仕方ない。
「ただフリーシア殿下も一緒に連れていくのかい? アストライアの守りは万全だ、と言いたいところだけど私たちが抜けたらそうもいかない。第一皇子は諦めるつもりはないと思うよ」
「それなら心配ない」
ユリフィスはノエルと視線を合わせ、
「中央に潜入させている魔人兵から連絡があってな。俺たちの方にちょっかいをかけてる暇はなくなるようだぞ」
「……それはもしかして――」
「ああ。第一皇子のお遊びに第二皇子アーネスが気付いたらしい。実験施設に強引に踏み込んだとか」
「……内戦が始まるというわけかい」
ユリフィスは珍しく愉快そうに笑みを浮かべる。
薄っすらと冷たい笑みを。
「帝国魔法騎士団と帝国魔砲士団。二つの国軍とそれぞれの派閥に分かれた貴族達の動きが慌ただしくなってきた」
国が割れる大戦がもうすぐ始まろうとしている。
「この隙に俺たちは更なる戦力を獲得しに行くんだ」
(……魔法の申し子たる双子のハーフエルフと暗殺者の【迅獣】。この三人を必ず俺の元に引き入れなければ)
全ては理想の国家を創るため。
そのためならどれほどの犠牲が出ようと厭わない。
ユリフィスはただただ嗤った。
昇り始めた月を見て、その紅き瞳を輝かせながら。
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