第97話



 アストライアで起こった大事件は終息に向かい始めていた。


 闘技場から流れ出て、街で暴れ始めた魔物たちは第三皇子とセレノアの活躍によって続々と倒されている。


 二人のその強さに誰もが感嘆の声を上げた。


 特に第三皇子には声援さえ向けられた。


 半魔だからと殺人者としての疑いの眼差しを向けていた自分たちを、身体を張って助けるその姿に心動かされた者が多かったのだ。


 バレスは歯噛みする。


(……このままでは……)


 全ての責任を背負わされてしまう。

 少なくとも闘技場の魔物たちを解放したのは自分ではない事を知らしめなければならない。


「皆! 卑劣なセレノアの策に踊らされているのだッ、こうなった原因は私ではない。すべてセレノアが企んだ事だ! それを身を持って証明しよう、私に続くのだ、領民たちを救え、騎士たちよ」


 バレスの号令と共に彼に近しい一族の騎士たちが血統魔法<黒鷲の旋風テンペスト>を長剣に纏って魔物たちに斬りかかる。


「……行くぞ、化け物ッ」


 バレスも黒い風を纏った長剣を抜き放つ。


 小さな子供を襲おうとしていたゴブリンの群れを片手間に斬り殺し、次に目を向けると目前に巨大な鎌が迫っていた。


「ぐッ⁉」


 長剣で弾き返し、バレスは視界に広がる黄緑色の巨躯――殺戮蟷螂デスマンティスを睨む。


 不気味な複眼は何を考えているのか一切分からない。

 巨大な昆虫型の魔物は四本の鎌をバラバラに動かし、バレスを切り刻もうとしてくる。


 バレスは漆黒の風を操作して空中に風の階段を作った。

 風の段差を踏み台にしてそのまま宙に上がる事で斬撃を躱し、そのまま殺戮蟷螂デスマンティスの頭上をとる。


 風を纏った長剣が震えを帯びる。


「はあッ!」


 バレスは裂帛の気合と共に魔物の脳天を斬り裂いた。


「おお、流石はバレス様ッ」


 傍で見ていた騎士が歓声をあげた。


 崩れ落ちた虫型の巨大魔物を一瞥したバレスは他愛もないとばかりに鼻を鳴らした。


「私はお前たち領民を守る! 闘技場の魔物を開放したのは私ではない、セレノアが――」


「バ、バレス様、後ろッ、後ろです!」


 慌てて大声で叫ぶ騎士。


「父上ッ⁉」


 時の流れが遅く感じる。

 離れた場所で戦っていた息子二人、アレスとトリスが兜を投げ捨てこちらに走り寄ってくる。


 憎きセレノアが苦笑した。


 第三皇子が呆気にとられた様子でこちらを見ている。


 何をそんなに慌てているのか。


 バレスが背後を振り向くと、頭から紫色の体液を流し、完全に脳を破壊した殺戮蟷螂デスマンティスが平然と身体を起こしていた。


「……は?」


 そして気付いた時には、巨大な鎌が視界を横切っていた。


「がはっ」


 完全に油断していたために反応は間に合わなかった。


 上半身がずるりと滑り落ちていく。

 血が勢いよく噴き出した。


 バレスは自分の下半身を地面から見つめるという相当珍しい体験をした。


 そして最期に、翡翠色の髪を持つ少女の姿が視界に映る。


(お、前は……)


「――悪評を覆すためとは言え、私に……私にユリフィスを傷つけさせた罪は重いわ……」


 ぼそりと小声で囁かれたその言葉の意味を悟るより先に、バレスの意識は闇の底に沈んだ。

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