第95話
灰すら残らず燃え尽きた暗殺者の姿を見届け、ユリフィスは竜化を解除した。
頭領が最後に呟いた言葉に不穏なものを感じてため息を吐く。
暗殺組織【影蛇】。
原作ではその組織を率いるのは【覇道六鬼将】の一人となる
彼女を引き抜く上で、頭領の存在は邪魔だ。
原作の自分は頭領を完全に滅したのだろうか。その上で配下に引き込んだのだろうか。
それとも。
(……ゲームの彼女は本当に迅獣本人だったのか?)
【迅獣】はクールな暗殺者という性格ではあったが、敵キャラだったのでそこまでゲーム内でキャラ性が掘り下げられる事はなかった。
もしかしたら精神を乗っ取られた上で協力していた可能性はある。
「……」
ユリフィスはマントを払って背を向けた。考えていても分からない事は考えないのが一番だ。
何にしても、これからやる事は変わらないのだから。
蛇の里に攻め込んで本体を滅ぼす。それで話は終わりだ。
闘技場の舞台の方へ顔を出すと、セレノアが疲れた様子で座り込んでいた。傍にはアリアもほっとした様子で膝を地面についている。
「――やあ」
ユリフィスが近付いていくと、セレノアが親し気に手を上げて応じた。
「悪いね、君の方の手伝いに行けずに。まあ従弟殿なら大丈夫だと思っていたさ」
「……それを言うなら」
ユリフィスは同じように座り込み、気まずげに前髪をくしゃりと掴んだ。
「……謝るなら俺のほうだ。済まなかったな、セレノア。俺がついていながら、アリアを危険な目に合わせてしまって」
セレノアはしばらくその様子を硬直して見ていた。
何も言わない彼にユリフィスは不安になったのか従兄をちらりと見る。
視線がぶつかって、セレノアは片眉を上げてから吹き出すように笑った。
いつもはクールな姿勢を崩さず、支配者然としたユリフィス。
そんな彼が普通の年下のように、まるで兄に叱られるのを待つようなそんな顔をしている。
それが興味深くて、面白かった。
同時に改めて悟る。
それは化け物とは程遠い、何ら普通の感情を持ち合わせた人間の姿だと。
「いや、頭領にあんな能力があるなんて誰が予想できる。それにこの経験はきっと妹を強くした」
その言葉に頷いたアリアがユリフィスの隣に座る。
「……ユリフィス殿下、私も戦えました。貴方が言っていた言葉を思い出して……勇気を出しました」
「……俺が言っていた言葉?」
「はい。私はお兄様の妹で、殿下の従妹なんだって」
血と土埃で頬を汚しながら、アリアは両拳を前に出してはにかむように笑った。
「魔法が使えなくても……鍛錬を積んで。いつか二人と並んで戦えるようになりますっ」
セレノアとユリフィスは顔を見合わせ、鏡合わせのように笑った。
「……並んで戦うどころか、追い越されたりしてな」
「兄の威厳を保つためにも、負けずに鍛錬しようか」
身体の力を抜き、弛緩させて話す二人の兄の姿にアリアも釣られて笑顔になる。
ユリフィスは舞台の端に視線を置き、
「……ところで。アレは生きているのか?」
勿論、アレとは【赤目】と名付けられた暗殺者の事だ。
「ああ。連日の事件の犯人として公表するつもりだ。これで君の疑いは晴れる」
「……そうか。だが、お前の叔父は認めずに噛みついてくるだろう。騎士団が分裂している状況はマズイ」
「確かにそうだ。何か考えが?」
「……ああ。その為には一度城に戻ってノエルを連れてこなければ」
「ノエルって確か……アリアの護衛を任せていた、あの魔力の色が変だけど容姿は可愛いあの娘?」
アリアが僅かに白い目を向けている事にセレノアは気付いていない。
ユリフィスも特に触れず、
「そういう事だ」
「具体的に何をするのか教えてくれないのかい?」
「……闘技場に囚われている魔物達を全部解放して街に放つ」
「……え? そんな事をしたら」
「心配するな、魔物達は全て殺した上でノエルが操る。だから人的被害は出ないが、まあ多少は領民に怖い思いをさせるだろう。しかし必ず命は保証する。何故なら俺が守るからだ」
「……なるほど。マッチポンプを演じようというわけか」
そして、闘技場の責任者はセレノアの叔父、バレスだ。
民衆を守り抜いた第三皇子と、管理責任を怠ったバレス。
という図に持っていけたら最高である。
ユリフィスは立ち上がった。まだ暗い空を見上げながら、
「夜の内に準備だけでも進めておく」
「……了解。僕は一度アリアの無事を母に報告しに城へ戻るよ」
「俺もノエルを連れに一度戻るが……お前はもう休んでいいぞ」
「そういうわけにはいかないよ」
セレノアも立ち上がる。
そして一行は城へと帰路についた。
まだまだ夜は長い。
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