第93話
標的の一匹を仕留めたが、セレノアは表情を変えなかった。
それから次に<
「あーあ、でしゃばりが。だから死ぬんだよ」
【赤目】のほうはまだ余裕そうだ。
嘲るような笑みを浮かべて客席のほうを見ている。
「嬉しそうだね」
「……魔砲士団の下っ端が偉そうに命令してくる事にうんざりしていたんで」
「……君たちの関係はどうでもいいが、弓を取り戻した私に勝ち目があると思っているのか?」
「ええ、勿論。まだ俺は本気じゃないんで」
セレノアは訝しげに【赤目】を見据える。
なら何故最初から出さなかったのか。
「……俺のこの鉈はね、正しくは
「……より大きな代償を捧げれば捧げる程強くなる武具か」
「流石は公爵閣下。知っていたとは」
いわば代償として要求されるのは魔力だけだ。
しかし
「……十年、寿命を捧げる。受け取れ、【呪鉈・空間裂き】」
その瞬間、【赤目】の全身の血管が浮き出て、赤い光を帯びる。
そして鉈にも血管のような枝分かれした無数の管が現れ、刀身がどんどん大きくなっていく。
「……ここで負けたら何もかも終わっちまう。だから仕方なく本気を出す事にしたんだ。全てを賭けてあんたを殺す」
地を蹴って向かってくる【赤目】の速さは先ほどの比ではない。
武器強化だけではなく、身体能力の強化も実現している。
とは言え、セレノアの魔眼で捉えられない程ではない。
迎撃のために弓を向けるが、【赤目】が唐突に鉈を振った。
「……ヤバい」
その斬撃は虚空を駆けた。斬撃が飛んでくる。
しかも狙われているのはセレノアではなく、アリアだ。
「お兄様ッ」
「……ッ」
咄嗟にセレノアは魔法でアリアを宙へ浮かせた。斬撃が空を斬った事を確認し、それから再び弓に<
「――それじゃあ遅いんだよ!」
目前に迫った【赤目】が巨大化した鉈を一閃する。
セレノアの愛武器である【王鳥の弓】の素材は伝説の魔物。
生半可な武具なら弓幹の部分で受け止められるが、感じた悪寒に従ってセレノアは漆黒の風を自分の身体に当てて強引に回避行動を取った。
「……勘が良い事で」
振り下ろされた一対の鉈は闘技場の舞台――硬い石畳を消し飛ばした。
斬るというより、まさに消えるという表現が相応しい跡に戦慄する。
「……当たったら即死か」
セレノアは空へ浮かせたアリアを横抱きにしながら距離を取る。
「断面が恐ろしい事になっています……! 私を守ってばかりでは反撃できません、このままではお兄様までッ」
「……大丈夫だ。寿命を何年削ろうが、種が分かれば怖くない。空間を削る能力。あれに触れなければ良いだけさ」
しかし、その言い分にアリアは首をぶんぶんと横に振る。
「……私は魔法を使えませんけど、身体能力を魔力で強化する事はできます」
「……」
「お兄様、飛ぶ斬撃のほうは私でも目で追えました」
つまり、アリアは次は自分で避けると言っているのだ。
一撃必殺の斬撃だ。
失敗したら妹は死ぬ。
「会話しながらなんて余裕だなッ!」
巨大化した鉈を振り回し、斬撃を打ち出す暗殺者。
黒い風を纏い、より敏捷を高めたセレノアはアリアを抱えたまま避ける。
「……お兄様はいつも過保護なんです……私だって……私だってできるって……あの人は言ってましたよ? お兄様の妹で、俺の従妹なんだからって……」
アリアの嘆願を受け止める。
セレノアは僅かに目を見開いた後、
「……そうか」
くすりと小さく笑みを浮かべた。
アリアを舞台上に下ろし、二人で並び立つ。
「――ありがとうございます、お兄様」
「血迷ったか、公爵? 自分の弱点をさらけ出すなんてな!」
【赤目】が左右の鉈を縦横無尽に振り回す。
今度は庇わなかった。
斬撃が四方に飛んでいく。空気が揺らぐのが視える。
セレノアは避ける事ができた。
すぐに妹の方に視線を向ける。
「大丈夫です、お兄様!」
眼を見開いたアリアは横に飛んで紙一重で躱す。
「ちッ、なら直接斬れば良い!」
妹の動きを横目に見たセレノアは内心ほっと胸を撫で下ろしながら、手が空いた事でようやく構える事ができた【王鳥の弓】に風の矢をつがえる。
高速で駆けだした暗殺者の姿を魔眼はすぐに捉えた。
虹色に輝く左の瞳のみを見開く。
近距離からの狙撃。外す道理はなかった。
矢を離した時には、アリアを執拗に狙う卑劣な暗殺者の太ももに突き刺さっていた。
「ぐッ、見えなかった……な、なら、ならもう十年分の寿命を捧げるッ!」
それでも【赤目】は諦めない。
更に呪具と取引をする。
彼の身体がドクンと震えた。
血管から血が噴き出て、筋肉が隆起する。
更に巨大化してもはや大剣の大きさとなった鉈だったが、
「……ここで死なれては困るんだよ。君の死に場所は、領民の前でと決まっているんだから」
セレノアが呟く。
「<
その瞬間、【赤目】の右の太ももに突き刺さっていた黒い風の矢が弾け飛んだ。
小規模の爆弾のような威力だが、それで十分だった。
体内から爆風が起こったせいで、【赤目】の右足が吹っ飛ぶ。
更に巻き添えで左足もおかしな方向に曲がった。
「あぐッ!?」
「……私に勝ちたかったら八十年分は捧げるんだな」
セレノアは右足を失って倒れこんだ【赤目】の両手にある鉈を蹴り飛ばし、闘技場の舞台から落とす。
「もっとも、そんな事をしたら即死だろうが」
そのまま憎々し気に見上げてくる【赤目】の顎を蹴り上げ、気絶させた。
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