第92話
ユリフィスが放った必殺の矢。
遥か天空からの狙撃は見事、
瞬間、被弾した箇所から爆風が発生する。
威力は抑え気味の、言うなれば風の爆弾である。
それによって右腕は吹き飛び、衝撃でアリアが宙に投げ出される。
ただ誰もが呆気にとられた空白の一瞬の中で、セレノアだけが動いていた。
アリアの元に駆け寄り、空中で優しく横抱きにする。
「……従弟殿、流石だっ、アリア……本当に良かった」
「……お、お兄様っ、え、殿下? 一体……?」
何が何だか分かっていないアリアの様子に、セレノアはただ頷くにとどめる。
まだ安堵するには早い。
『……出し抜いたつもりかい?』
案の定、爆風をその身に浴びながらも、咄嗟の機転で舞台に足をめり込ませ、吹き飛ぶのを防いだ頭領がセレノアの目前に迫っていた。
右腕からは腕の代わりに黒い蛇が大口を開けて生えている。
アリアを抱えているため、セレノアは体の向きを変えて自らの背で彼女を庇うような体勢を取る。
しかし、反対側から
挟まれて絶体絶命の状況だが、セレノアは唯一の活路である空に向けて片手を伸ばした。
「……従弟殿!」
「――セレノア」
空から高速で降ってきた竜戦士がセレノアの手を掴み、アリアごと空中に引き上げる。
入れ代わりに闘技場の舞台に降り立ったユリフィスが頭領を迎え撃ち、浮かび上がったセレノアはアリアを横抱きにしたまま【赤目】に向かって魔法を放った。
『赤目! こうなったら公爵を殺すんだよッ』
竜化状態のユリフィスは魔法によって生み出した灰色の長剣で頭領の右腕から生えている蛇を斬り飛ばし、そのまま流れるように側頭部に回し蹴りを当てる。
首の骨が折れる鈍い音と共に闘技場の壁にめり込んだ頭領を追ってユリフィスが駆け出した。
「……さて、君の相手は私だ。【赤目】と言ったか」
一瞬で形勢逆転したセレノアが舞台上にアリアを下ろしながら不敵に微笑む。
対照的に、
「……妹を庇って戦うつもりかよ。俺に正々堂々なんて言葉は期待しないでくださいね?」
「元々期待していないから大丈夫さ」
「……す、すみません。お兄様……足手まといになってしまって……」
「いや。そんなことはない。むしろ丁度いいハンデだ」
暗い表情で俯く妹に軽く慰めの言葉をかけるセレノア。
「いいねえ、あんたの恐怖で歪んだ表情が意地でも見たくなった。無手でどこまで防げるのか楽しみだ」
【赤目】が躊躇なくせレノアに向かって鉈を放り投げた。
セレノアは血統魔法<
「……なるほど、
消えた鉈は【赤目】の手の中に現れ、交差した鉈で斬撃を放ってくる。
セレノアは頭上に掲げた片手を虚空を引き裂くように振り下ろす。
<
負けじと魔力を纏った自らの愛武器を振りぬく【赤目】。
鉈と風の刃が甲高い音を立てながら重なった。
しかし、【赤目】は公爵家の血統魔法を諸共せずに切り裂き、凄惨な笑みを浮かべて向かってくる。
その視線はセレノアを見ていない。
狙いは執拗にアリアに向けられている事にすぐ気付く。
「……やれやれ」
セレノアは風の種類を変える。
今度はかまいたち上の風ではなく、より広い面で送る。勢いよく吹き付ける向かい風。
それもステータス低下が付与される暴風に、徐々に【赤目】の動きが停滞していく。
「……何をやっているのですかっ、こうなれば私も――」
客席から立ち上がった魔砲士団員ディン・エストラムの両腕の先に氷の槍が形作られている。
だが、数舜の間にセレノアは風を操って舞台の端に置かれていた【王鳥の弓】を回収していた。
「……そのまま逃げだしていたら少しは寿命が延びただろうに」
硬直している【赤目】は後回しにする。
セレノアの瞳が冷徹に細まった。
その視線の先には眼鏡をかけた年若い魔法使いの青年の姿がある。
流れるような動作で風の矢を創り出す。
そして弓を構え弦に矢をつがえるまで一秒もかからずに撃ち出した。
「これでどう――え?」
青年は反応すらできなかった。
今にも氷の槍を射出しようとしていたディンは目の前で自らの魔法が木っ端微塵に吹き飛び、氷の欠片が霧散する場面を最後に視界が真っ黒に染まった。
セレノアが放った矢によって、自らの心臓がある左胸部分がくり抜かれたように穴が空いた事には気付かずに死んだのだ。
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