第83話



 グライスの額から汗が一滴ぽたりと落ちる。


 仕切り直しとなった戦い。


 二人は屋根上を足場に武器を構えながら相対する。

 ユリフィスの背後に出現した漆黒の風で作られた黒い鷲。


 ヴィントホーク家を象徴するその魔法を従え、ユリフィスはグライスを見下すように顎を上げた。

 

「ただの風の付与魔法と<黒鷲の旋風テンペスト>の違いをたっぷりと教えてやる」


「……ッ」


 ユリフィスは長剣に付与した黒い風をそのままに駆ける。

 グライスは近づけまいと即座に右手の義手を構えた。


 手のひらの中央に光の粒子が収束していく。しかし、発射するよりも速く肉薄したユリフィスが勢いよく突きを放った。


 長剣の切っ先が義手の空洞に突き刺さる。瞬間、光の粒子が掻き消えた。

 これでもう<神の裁きセイクリッド・カノン>は放てない。

 

「速いッ」


「それだけじゃない」


 ユリフィスの背後にいた黒い鷲が大きく羽ばたくと同時に、その翼から無数の風の斬撃が繰り出される。


 舌打ちをしたグライスが大きく飛び上がり空へ回避するが、ユリフィスは彼の背後に無数の灰色の武器群を創成する。


「そっちは行き止まりだ」


 剣や槍、斧が弾丸の速度で繰り出される中、グライスは後ろに身体を捻りながら槍で薙ぎ払った。


 だが、それは致命的な隙となる。


 ユリフィスが黒い風をより大量に長剣に纏わせ、二刀を高速で振りぬく。


 放たれた二振りの飛ぶ斬撃がグライスの腹や肩を斬り裂いた。


 しかし、ユリフィスは思わず感心した。


「……流石は英雄。纏う風を厚くして、致命傷は避けたか」


 グライスは直前で付与魔法を最大限に活用して風の膜を身体に張ったのだ。


 とは言え、致命傷ではなくとも傷は与えられた。


 そのまま市街地に落ちていくグライスの肩を空中で巨大な黒鷲が掴む。


 グライスが動きづらそうに槍で黒鷲を突くが、その身体は風なので実体がない。

 すぐに元通りになる。


 動きが止まった英雄に対して、ユリフィスは長剣に纏わせた黒い風を消して、黄金の炎を纏わせる。


「<獅子王の光炎レオ・ブレイズ>」


 それを空中に浮くグライスへ向けて勢いよく投げつけた。


「……クソがッ――」


 不利な体勢ながら、長剣の弾丸をグライスは槍の長い柄で弾き飛ばそうと試みるが、


「ぐッ、がはッ」


 炎を纏った長剣の威力はグライスの予想を超え、逆に自身の手の中の長槍を弾き飛ばされる。

 僅かに軌道が逸れた事で、長剣はグライスの心臓より上を貫いた。


「ち、力が……」


 グライスが血を吐きながら市街地に落下していく。


 ヴィントホーク家の血統魔法、<黒鷲の旋風テンペスト>の効果がここで効いてくる。

 この魔法は風の斬撃を放ったり、武器、身体に付与エンチャントをするだけの魔法ではない。


 この魔法による攻撃をくらうと、ステータスにデバフがかかるのだ。


 一段階、ステータスが下がる事は戦闘に置いて致命的だ。


 ゲーム上ではセレノアやユリフィス一人に対して、主人公たちはパーティで挑むからこそ立ち向かえる。


 一対一で実力が伯仲した者同士の戦闘では非常に強力な効果を発揮する魔法だ。


 ユリフィスが市街地を見下ろすと、身を起こしたグライスが回復魔法を発動させ、傷を治しながら逃げ出していた。


「また逃げるのか」


 深夜とは言え、歩道には闘技祭の影響で飲み歩いていたのか酔った領民の二人組が肩を組んで歩いていた。


 彼らを戦闘に巻き込めば、セレノアの心証が悪くなるだろう。


 更にグライスを逃がすためか、教会がある方角から一筋の雷撃が飛んでくる。

 その魔法を煩わし気に身体を捻って躱した後、あっさりとユリフィスは背を向けた。


 別に見逃したわけじゃない。


 滑空していた黒鷲にユリフィスは片手を向ける。


「――<獅子王の光炎レオ・ブレイズ>」


 黒鷲の身体が発火する。

 金の炎を纏わせたその姿は、さながら不死鳥のようである。


「合成魔法<光炎鳥の旋風矢フェニックス・アロー>」


 そのまま翼を羽ばたかせた炎鳥が矢のような速度でグライスを追っていく。


「待てッ、降参だ! 俺が死ねば教国から大量の刺客が送られてくるぞッ!」


 低下したステータスによって、みるみるうちに差が縮まる。


「……もはや俺の敵じゃない。もう俺は一人じゃないんだよ」


「ふざけんなッ! あのクソ公爵のせいだ……! 計算が狂ったッ、なんて奴に忠誠を誓いやがったッ⁉ 俺が、こんな、こんなところでッ!?」


 炎鳥はそのままグライスの胴体を鋭い嘴で貫いた後、勢いそのままに空中へ飛び上がる。

 空高く飛び上がっていく一条の光。


 どこまでも伸びていくかに思えたその光は、雲の手前で弾けて散った。


「……」


 その光景を一瞥してから、ユリフィスは城に向けて歩き出した。

 

 


 

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