第84話



 ノエルは窓を覆うカーテンを僅かに捲り、外の景色を見つめる。


 夜の闇に紛れて、城の近くの空中では白い閃光や魔法で作られた黄金の獅子と黒鷲が縦横無尽に飛び交っている。


 戦闘が始まった事を理解して、ノエルは護衛対象であるアリアとセレシアに視線を置いた。


 彼女らはベッドに寄り添うように座りながら、動揺を隠せない眼差しを護衛に向ける。


「……始まったのですね?」


「……はい。でも問題ないかと」


 ノエルは半開きの眼を擦りながら腰に差していた短剣に手を添えた。


 すると間髪入れずに部屋の外が慌ただしくなってきた。

 階下の方から女性の悲鳴が聞こえる。


『ぞ、賊です、一階にいますッ、誰か助け――』


 その悲鳴は、アリアやセレシアにとっては馴染みがあったようで、


「……今の声はきっとアルシェだわ」


「……大丈夫でしょうか? お兄様の話では、襲ってくるのは血も涙もない暗殺組織なんですよね?」


「……外にはユリフィス殿下の護衛部隊の方々がいらっしゃるからきっと大丈夫よ」


 口ではそう言いつつ、不安げにアリアとセレシアがノエルを見つめる。

 助けに行って欲しいと言わんばかりの眼差しに呆れながらノエルは尋ねる。


「アルシェとは確か使用人の一人ですね?」


「……良く分かるわね。故郷にいる両親に仕送りをしていて、とても優しい子なの」


 事前に城に勤めている者たちの顔と名前を、ノエルは全て頭の中に入れてある。もちろん、仕事上必要と思ったからである。


 そうじゃなかったら一切他人に興味を抱かない。


 悲鳴を聞きつけた騎士たちの声が窓越しに聞こえてくる。

 階下に名付きネームドの暗殺者がいたら、騎士たちでは止められない。


「――レイン、一階をお願い。ここは私が」


 その瞬間、耳元から了とだけ声が聞こえた。

 同時にふっと天井から気配が消える。


「アリアちゃんは私の腕の中に」


「……いや、お母様。それは不要です」


「心配なのよ。抱きしめさせて」


 親子のやり取りに、僅かに苛立ちを感じる。


 彼女自身、それが理不尽である事も悟っている。


 ただノエルにとって子が親に甘えたり、親が子を案じたりする場面を視界に入れると、何故か無性に腹が立つのだ。


 そして、そんな自分に嫌気がさす。

 ため息をつきながら頭を振っていると、誰かが早足でこの部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。


 直後、部屋にノックの音が鳴ると同時に扉が開かれる。


「――アリア様、セレシア様。城に侵入した賊ですが、既に一階で騎士たちの包囲を抜けたようですッ」


 一人のメイドが部屋に入室した。肩で息をしている。急ぎの報告なのだろう。


 黒のワンピースに白のエプロンドレス。

 頭にはヘッドドレスを付けた高身長のスタイル抜群のメイドだ。


 プラチナブロンドの髪に三白眼が特徴の彼女は、一刻を争うような口調で告げる。


「どんどん近づいてきています。この部屋は危険です、移動したほうが――」


 だが、危機を知らせに来たメイドに対して、ノエルは躊躇なく引き抜いた短剣を投げた。


 城に勤める使用人の中に、彼女の姿はない。


 メイドが薄っすらと笑う。

 

 直後、彼女の姿が掻き消える。


「――貰っていくぞ」


「させないわ」


 アリアの目の前に瞬間移動したメイド。そして彼女はすぐに公爵家の姫君の身体に向かって手を伸ばした。


 しかしノエルはその動きを先読みしたように手を払ってから、懐に隠していたもう一つの短剣を抜いて斬りつける。


 それをメイドは魔力を纏ったで受け止めた。


 僅かに目を見開くノエルと、舌打ちを放つメイド。


「……名付きネームドの暗殺者。舐めていたわ、貴方は良い人形になってくれそう」


「……やれやれ、まだこれほどの使い手がいたとは」


 原作では、共に魔導帝に仕えた者同士の対決。

 【覇道六鬼将】同士の戦いが、幕を開けた。

 


 

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