第81話


 


 セレノアが城を経って数時間。


 既に時刻は深夜を回り、城から一望できるアストライアの街並みに灯る明かりもまばらになり始めた。


 鏡男ミラーフェイスの固有魔法<夢幻変身イリュージョン・フォーム>によって、名もなき執事に容姿と服装を変えたユリフィスは客室のバルコニーに出て、夜風に吹かれながら瞳が複眼になっている少年と隻眼の老騎士から報告を受けていた。


「――【覇槍】の攻撃を受けて怪我を負った魔人兵二人は命に別状はありませんが、戦力には数えられません」


「……護衛部隊の長として、謝る他ない。皇子」


 レインもガーランドも苦々しい面持ちだが、ユリフィスは鷹揚に頷く。


「グライスが相手では無理もない。そもそも気付けなかったのは俺も同じだ。この件で誰かを責めるつもりはない」


 無言で頭を下げる二人に向けてユリフィスは続けた。


「それにこのタイミングで追い出せたのは僥倖と言える」


 内通者が消えたことで、護衛部隊の面々を戦力として数えることができるようになった。


 現在、セレノアに従う騎士たちは全員城を出払っているため、ヴィントホーク城は今、ユリフィスが連れてきたブランニウル公の騎士たちに巡回させている。


「—―レインはノエルのサポートに回ってくれ。ガーランドは騎士たちを指揮して城の警備の強化を」


「わかりました」


「了解」


 レインがその場から消え、ガーランドが階下に飛び降りるところを見送ったユリフィスは一人、手すりに足を乗せて一足飛びに城の屋根上に上がった。


 そこから城の周囲全体を俯瞰して見つめる。


 瞳だけを竜のものへと変え、視力と視野を広げ、更に夜目も利くようにする。城の正門前に見張りの騎士が二人、中庭に三人。


 残りの護衛部隊の騎士たちはガーランドと共に城内にいる。魔人兵は二名が負傷、ノエル以外はレインしかいないが、それでも充分だろう。


「……」


 このまま状態を維持しながら、ユリフィスはただ待った。


 セレノアがアストライアの全ての門を封鎖したため、全ての流通と人の出入りが今日は止まっている。


 そう考えると敵の増援はないはずだ。


 バレスや第一皇子は足りない分の戦力を教会勢力で補うだろう。


(……今度こそ始末してやるよ。グライス)

 

 どれくらい待っただろう。

 体感的にはそこまで長くない。


 ユリフィスはゆっくりと立ち上がった。


 視界の端。


 民家の屋根上を走って城へ真っすぐこちらに近付く人影を確認した。

 だが、人影は次の瞬間には消え、今度は人通りの少ない路地裏に現れる。


 そして数舜後、また消えて別の場所に現れる。その繰り返し。


 転移魔法だ。


 彼女の固有魔法は知っている。

 目視した場所にしか転移できないという制限がある事も知っている。


 つまり城の中に急に現れることはできない。

 

 彼女は転移を繰り返している。自分に注意を引き付けて、誰かを城に侵入させるつもりだろうか。


 そう考えながら動きを注視するユリフィスは、突如として感じた悪寒に首を捻った。


 その瞬間、顔があった場所を一条の光線が通り過ぎていく。

 呆気に取られながら後ろを振り返ると、城の尖塔が融解していた。


 くらったらただでは済まない威力だ。


「……狙撃はセレノアの専売特許ではないという事か」


 ユリフィスは迷いなく光線が放たれた場所に向かって飛び出した。


 今の攻撃は魔人兵で一番強いノエルでも恐らく避けられなかった。一刻も早く潰す必要がある。

 城の周囲に広がっている貴族街はその名の通り貴族の別荘や屋敷が点々と配置された区画だ。


 その屋根を足場にして駆けながらユリフィスは灰色の剣を生成した。


 同時に狙撃してきた人物も、身長以上に大きな槍を手に臆さずに突っ込んでくる。


「「――ッ」」


 二人の武器が重なり、盛大に火花が散る。


 一瞬のうちに黒いフードの内側を覗くと、その顔には実に見覚えがあった。

 ユリフィスはもう片方の手にも剣を生成して、初めてになる。


 槍をそのまま押し返し、息もつかせぬ連撃を繰り出す。しかし、


「……強くなったのはお前だけじゃねえんだよ」


 黒いローブに包まれた右腕をグライスが斬撃の軌道に差し出した。

 【迷いの森】で斬り飛ばしたはずの右腕は、灰色の剣の刀身を砕き、そのまま金属製の鋭い爪を伸ばしながらユリフィスに迫りくる。


 間一髪、後ろに身体を仰け反らせて回避したユリフィスだが、グライスの右腕は銃口のようにユリフィスに向けられたままだった。


 その金属の手のひら、中央には空洞がある。

 そこに明滅する光の粒子が集まっていく。


 躱そうとして、ユリフィスは身体に感じた違和感に舌打ちを放ちながら目の前に手を置く。


「<獅子王の光炎レオ・ブレイズ>」


 生み出した金の炎を剣と融合させ、作った属性剣。

 それを力いっぱい振りぬくと同時にグライスの手のひらから光の粒子砲が放たれた。

 

 その斬撃は光線を見事に斬り裂いた。しかし、安心などできなかった。


 ユリフィスの頬から血が垂れる。

 グライスの右腕から飛び出した金属の爪。あれが掠ったのだ。


「……竜化ができない。その腕、なんなんだ」


 その言葉に、グライスは不敵な笑みを浮かべながら槍に風を纏わせていく。


 ユリフィスは竜化が封じられた事実に、冷たい汗をかきながら深く息を吐きだした。

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