第80話
身長二メートルに及ぶ大男が、荒い息を吐きながら木箱に腰を落ち着けた。
部屋の中には祭服や教会の備品が至る所に置かれている。
そして、その中には剣や斧、槍などの武具の類も散見される。
ここは【神正教会】アストライア支部、教会堂の中にある一室。
聖具室と呼ばれる部屋だ。
教徒たちが祈りを捧げる礼拝堂の祭壇。その裏手にあるこの部屋を簡単に説明すると倉庫とも言い換えられる。
「――お疲れのところ申し訳ありませんが、グライス様。ヴィントホーク家のバレス様より言伝を預かっております」
アストライア支部のトップであり、【
「……あのおっさん、必死だな。どうせ協力しろとか何とかだろ。俺は今、ここに逃げ込んできたばかりだぞ? 四六時中監視されながら、幻影の右腕を使っているように見せ続けてきた。無駄に神経すり減らされて、こっちは疲れ切ってんだよ」
後ろ頭を左手で掻きながら、【覇槍】の異名を持つ英雄は悪態をついた。
メアリは部屋にある木箱の蓋を次々に開けながら続ける。
「ですが、今は勝負の時です。貴方の弟子を死に追いやった皇子を破滅に追い込むチャンス」
「……俺にどうしろと?」
「ヴィントホーク公の動きを止めるため、蛇と共闘して公爵の妹の身を攫って欲しいのだとか」
「……ちょっと待て。一番の目的はアークヴァイン家のお姫様だろ?」
「……教国も帝国の第一皇子もバレス様の案に賛成しました。連続殺人犯は第三皇子でなければいけません。ここで彼を何としても潰しておきたいと考えています。犯罪者に仕立て上げれば堂々と始末する大義名分が得られるばかりか、これ以上勢力を拡大させずに済みます。そして犯罪者ともなればフリーシア王女との婚約を解消に持ち込めるし、そうなれば――」
「……強引な手段に出る必要もなくなると」
「そういうことです」
むっつりと黙り込んだグライスの様子を流し見しながら、メアリは木箱の中身を漁り続ける。
「……まあ最善の結果とは言えませんが」
「最善の結果ってなんだよ?」
「現公爵をこちら側に引き込めれば、本物の第三皇子は今頃牢の中でした」
「それだとバレス殿は計画に加担しなかった。あのおっさんが協力してんのは爵位欲しさにだろ」
そもそも、最初から引き込む事などできなかっただろう。
堂々と第一皇子の命令に背いている時点で、交渉の余地はない。
「たらればの話はもういい。城を襲撃するのは構わないが、あそこには本物の第三皇子がいるんだろ。利き腕を失った今、万に一つも勝ち目はねえ」
「グライス様、貴方は一人ではありません。腕利きの暗殺者も一緒です」
「あっちも一人じゃない。魔人共がいる」
「……倒す必要はありません。貴方がいれば対処可能です」
「ふざけんなッ、俺は確かに教会最強戦力の一人だが、何度やっても第三皇子には――」
「落ち着いてください。別に無理難題を言っているわけじゃありません。本心で言っているのです」
そう告げて、メアリはようやく見つけた目当ての木箱の中から銀に輝く義手を取り出した。
「……どういう事だ。何だそれは」
「見ての通りのものです。現公爵が東西南北の門を封鎖する前に到着して良かった。これは教皇からの贈り物。貴方の弟子であり、私の友人でもあったジゼルの愛剣【浄剣ハーミア】を作り替えたものです」
「……それは、つまり魔物に対する絶対的な効果が期待できると?」
「その通り。着けてみてください。実際に動かしながら説明した方が分かりやすいでしょう」
グライスは差し出された義手を、失くした右腕部分に近付けた。
すると、まるで磁石のように義手がグライスの右腕に勝手に吸い寄せられる。
そして切断痕とぴたりと接合し、グライスは違和感なく新たな金属製の拳を握りしめた。
「意外と違和感はない……」
「魔力を込めると、指先から【ハーミア】の刃先が飛び出します。加えて手のひら中央には教国の広範囲殲滅兵器である【
「……竜を撃ち落とした教国の切り札をこの中に?」
「ええ。第三皇子相手にはぴったりでしょう。試してみてください」
「……もはや英雄というより兵器だな」
「英雄も兵器です。今までと何も変わりません」
若くして達観しているメアリに仏頂面を浮かべながら、グライスは指先に魔力を集中した。
瞬間、金属製の爪が勢いよく飛び出す。
「【
グライスは右手のひらを静かに見下ろした。
反対の手で中央にある蒼い宝石を取り外す。
銃口のような空洞を確認しながら、宝石をそっと嵌めなおす。
どうやら簡単に着脱可能なようだ。
「概要は理解しましたか?」
「……何となくは」
「……では我らが英雄【覇槍】。改めて確認しますが、あくまで今回の目的は現公爵の妹君の誘拐です」
「……母親じゃダメなのか」
「それはバレス様が拒否しています。彼女に危険が及ぶのは避けたいと」
「……ほーん、なるほど」
薄ら笑いを浮かべたグライスが片眉を上げた。
「ただ、それはバレス様や第一皇子の目的です。教皇としては、万が一第三皇子に勝つ事ができるなら始末しても構わないそうです。ただ教会の英雄がこのアストライアで帝国の皇子を堂々と殺すのはまずいので――」
「……」
再びメアリが木箱を漁り、中から黒い外套を引きずり出した。
「貴方は今から【影蛇】所属の暗殺者です」
「……騎士の次は暗殺者になりきれと」
少しの時間瞑目したグライスは、膝に手を置きながら顔を盛大にしかめた。
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