第68話
セレノアは片膝をつきながら特徴的なオッドアイを細めた。
闘技場を後にした彼が訪れたのはありふれたレンガ造りの民家だった。
リビングにある暖炉の傍には、壮年男性の死体がある。
急所である首を鋭利な刃物で斬り裂かれた事による失血死。
「――ご当主様、何か分かりましたか?」
犯行現場を入念に観察するセレノアに、白髪交じりの壮年の騎士が尋ねた。
彼は先代公爵の代から仕えている忠臣であり、ヴィントホーク家が保有する騎士団の長である。
出身はアストライア近辺の街を治める貴族家の出だ。
ヴィントホーク家出身者ではないからこそ、皮肉な事に彼は味方だと確信できる。
「……ジークか。いや、何も」
「その特別な瞳、魔眼でも犯人に繋がるようなものは発見できませぬか」
「……私の眼はそこまで万能じゃない。精々、生物の魔力が視える事と、遠視と透視ができる事くらいだ」
軽く自慢しながらセレノアは立ち上がった。
「だけどこの斬撃痕を見て確信した。嘆かわしいが、今現在の我が一族の中にこれほど見事に対象を斬り殺せる者はいない」
「……私と見解が一致しましたな」
「ああ」
セレノアは何の罪もない一人の領民が死んだ事に、奥歯を噛み締めた。
「だが、当主の座欲しさにここまでするのか? 自分たちが治めている街に住む人間なんだぞ? 本来は守るべき領民だ」
ジークは怒りに震える若き公爵家当主の背中にそっと手を置きながら、
「……ご当主様。必ず犯人を捕まえましょう」
「当然だよ」
「……では今夜は我々が動かせるだけの警備隊と騎士団、双方を総動員して街中を巡回いたしましょう」
犯人は十中八九暗殺のプロである。
足がつくような痕跡は残されていない以上、現行犯で捕らえるしかない。
ジークの申し出にセレノアは渋い表情で、
「その前に当主命令でアレスを拘束しろ」
「……バレス様のご子息をですか?」
「そうだ。まあ別にアレスじゃなくてもいい、バレスと近しい人間なら知っているはずだからね、蛇との連絡手段を」
「……呼び出して交渉するのですか?」
「まさか」
セレノアが底冷えのする笑みを浮かべた。
「もし蛇が拠点として使っている場所が分かれば私自ら騎士団を率いて壊滅させる」
「……血気盛んな」
セレノアが治めるアストライアで事件を起こしたという事は、事実上の宣戦布告だ。
依頼されただけという言い訳は通用しない。
公爵家当主に喧嘩を売った代償は支払ってもらう。
「もし犯人がそこにいれば一石二鳥だしね」
「……それはそうですが……申し訳ありません、拘束は難しいかと」
「……何故だ。アレスはヴィントホーク家の騎士団員。お前の部下のはずだぞ」
不満げなセレノアの指摘にジークは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、
「……騎士団は現状、内部分裂しております。特にヴィントホーク家出身の者はバレス様についている形です。強引に拘束するとなると抵抗が予想されます」
セレノアは苛立たし気に舌打ちをした。
ただでさえ広い街全体には警備が行き届かないのに、バレスのせいで動かせる人員も少ない。
「……忌々しい。では方法を変えて穏便に呼び出してもらうとしよう。確かアレスの婚約者の出身は伯爵家の一つだったな」
「なるほど、ご当主様からではなくそちらからの呼び出しであれば来るでしょうな。良い手です。確か『闘技祭』に伯爵自らが観覧に来ているはずですし」
伯爵には一つ借りを作ることになるが致し方ないだろう。
見返りとして『闘技祭』でうんと儲けてもらえば良い。
どうせ困るのは支配人をしているバレスだ。
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