第69話




 空が夕焼けに染まる頃、丁度良く閉幕を告げる実況の声が会場中に響いた。


 『闘技祭』初日は計五試合行われ、その全ての勝者をユリフィスは見事に当てた。

 観客達が喜怒哀楽様々な感情を吐露しながら退席していく。

 

 それをユリフィスは貴賓室から眺めていると、ヴィントホーク家に仕える執事がパンパンに膨れ上がった布袋を両手で抱えて持ってきた。


「……ユリフィス殿下。こちらが勝ち金になります。確認いたしますか?」


 ソファから立ち上がったユリフィスが袋の中を覗くと、入っていたのは全て金貨だった。


「……す、すごい額になりましたね」


「ああ。試合が進めば進む程掛け金も跳ね上がってくるだろう。これを元手に更に稼いでやるさ」


 フリーシアと顔を見合わせながらユリフィスはほくほく顔で告げる。

 だがそんな彼とは対照的に婚約者は眼を伏せながら、


「……【影蛇】という組織と交渉する時に使われるのですよね?」


「……そうなるな」


「……申し訳ありません、折角稼いだお金を変な事に使わせてしまって……」


「フリーシアが謝る事じゃない。全ては第一皇子が原因だ」


 彼の企みが原因で、原作でフリーシアは命を落とした。


 もし彼女が攫われればきっと同じ展開になるだろう。

 そうなればユリフィス自身、どうなるか分からない。


 そう考えると、まだ闇落ちイベントを本当の意味で切り抜けたわけじゃないのだ。


 セレノアが殺人犯を捕まえられなければ、凶行は続くだろう。

 やがて民衆の多くがユリフィスを犯人だと疑う。


 そうなればバレスは嬉々として騎士団を動かし、皇子の身を凶悪な殺人鬼として拘束にかかるだろう。


 そうなってしまえば、蛇からフリーシアを守りきれなくなる。


(だが、そうはならない)


「……セレノア様はユリフィス様の濡れ衣を晴らすために自ら殺人犯の捜査に行かれました。私にも何かできる事はないでしょうか……?」


 肩身を小さくしたフリーシアが着ている純白のドレスの胸元に手を当てながら懇願する。


「私のせいでユリフィス様が困難な状況に置かれようとしている現状は心苦しいのです」


「……君のせいじゃないと言っても、悩むんだろうな」


 ユリフィスは内心苦笑しながら部屋に待機している執事に視線を送った。


「……少し外してくれ」


「……かしこまりました」


 即座に頭を下げて退出する執事の姿を見送り、ユリフィスは再びフリーシアと視線を合わせた。


「こんな事を言ったら嘘だと思われてしまうかもしれないが。俺はこの状況を好都合だと考えているんだ。だから気に病む必要はない」


「……ど、どういう事ですか?」


 眉根を寄せる婚約者にユリフィスは片眼鏡をきらりと光らせながら、


「……狙うはギャップ萌えだ」


「……へ?」


 唐突に変な事を口走るユリフィスに眼が点になるフリーシア。


 ユリフィスは立ち上がってガラス越しに闘技場の舞台を見下ろす。

 

「いずれ国を治める皇帝となる上で、最大の障壁は第一皇子や教会ではない。俺が半魔である事だ」

 

 半魔というだけで多くの国民から支持が得られない。

 彼らを力や恐怖で支配する事は可能だ。

 

 しかしそれはユリフィスが目指す理想郷ではない。


 ユリフィスが掲げる理念を受け入れられない貴族は軒並み処刑すれば良い。しかし平民も同じように粛正し続ければそれは国とは言えなくなる。


 だから布石を打っておく。


 ユリフィスを支持してくれる国民を作る為に。


「――レイン」

 

 ユリフィスが名を呼ぶと、天井から一人の少年が降ってきた。


 瞳が複眼になっている少年は音もなく着地し、ユリフィスの背後に傅いた。

 その姿にフリーシアが天井と少年を交互に見ながら引きつった表情で呟く。


「え、ずっと天井にいらっしゃったんですか?」


「……両殿下の護衛のためです。必ず一人は魔人兵が警護につくようになっております」


「……そ、そうなのですね……ご苦労様です。そしてありがとうございます」


 フリーシアがお辞儀をすると、レインも慌てて礼を返す。

 ユリフィスは二人の注意を引くようにこほんと咳払いをした。

 

 レインがユリフィスを見て深く頭を下げる。


「レイン、一つ頼みたい事がある」


「何なりと」


「来るべき時の為に闘技場内にいる魔物達が捕らえられている檻を開ける鍵の在処を探ってくれ」

 

「かしこまりました」


 ただ粛々と命令を受け取ったレインが音もなく消える。

 フリーシアはそっと歩み寄り、ユリフィスの横顔を眉を八の字にして流し見た。


「……悪い顔、してらっしゃいます……ユリフィス様」


 ユリフィスは無表情のまま首を捻り、


「そんな事はない。これから俺は皆に聖人と呼ばれるようになる人間だぞ」


 フリーシアは冗談と受け取り、吹き出すように笑みを浮かべた。

 しかし、ユリフィスはというと真剣そのものだった。


 

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