第67話
しかし百周年を記念して開催される『闘技祭』ではもっと規模を広げようという事で、外部からの参加者を募り、本当の意味での最強を決めるトーナメント戦が開催されるらしい。
『優勝者は賞金と共に今代のヴィントホーク公爵家当主にして、弓術の天才であるセレノア・ヴィントホーク公爵閣下への挑戦権を得る事ができます』
闘技場内に響き渡るのは、大会を盛り上げるために用意された実況の声だ。
拡声器のような声を大きくする不思議な魔道具を使っているのだろう。この実況と解説によって更に会場は盛り上がり、観客達は前のめりに舞台上に立つ外部参加者組と剣闘士達総じて百名以上にも及ぶ集団を見下ろした。
その中には平民の戦士よりもむしろ貴族の姿が多い。
勿論当主ではないだろう。
だが後継になれない者達にとっては名を上げて重用される為の実績作りの場としては最適だ。
何せセレノアと戦う事ができるのだから。
そんな闘技場の雰囲気をユリフィスは普通の観客席よりも上段に設置されているガラス張りの部屋、貴賓室にて実感していた。
「――やはりその
ユリフィスの隣に用意されたソファに座るセレノアが観客席に向けて手を振りながら口を開いた。
「……君は部屋に来てからずっとその片眼鏡に魔力を送り続けている。この開会式の場に集まった剣闘士や外部からの参加者組を眺めながら」
「……そうか。セレノアは魔力が視えるんだったな」
思い出したように言って、ユリフィスは頷きながら肯定した。
「これは【探究者の義眼】と呼ばれる魔道具だ。簡単に言うと強さの数値化と能力の詳細が分かる」
セレノアは感心したように目を丸くして、
「……破格の性能だ。魔剣城の宝物庫に保管されてある国宝クラスの魔道具じゃないか?」
「その通りだ。宰相に協力してもらった」
「……なるほど。正規の手続きを経て借り受けたのかどうかは聞かない事にしよう」
苦笑しながら告げたセレノアが舞台を見下ろしながらトーナメント表をユリフィスに渡した。
「目利きの自信の源が分かってすっきりとしたよ。では従弟殿に倣って私も賭けをするとしよう。先ほど配られたトーナメント表だ。一試合ごとに賭けるわけだが、従弟殿は第一試合の勝者はどちらだと思う?」
ユリフィスは羊皮紙に書かれた対戦表を見つめながら、
「ロイという名の剣闘士だな」
「おや、対戦相手は外部からの参加者組で、しかも貴族だけど」
ロイという男に性はない。
間違いなく平民である。
本来なら血統魔法を操る貴族の男が勝つ方に皆は賭けるだろう。
しかしステータスやレベルを視れば、ロイという剣闘士の方が何もかも勝っている事がはっきりと分かる。
ただ、そこまで歴然とした差はない。
それでもユリフィスが彼の勝ちを確信している理由が武装の差だ。
「彼が持っている武器は魔道具だろう?」
「その通り。剣闘士は度重なる戦闘で得た報酬でより強力な武器を所望する事が多い。アレは当家が保有している魔道具の一つでね。魔法なしで凶悪な魔獣達と戦い、生き延びなければいけないのだから当然の措置だ」
それを聞いて納得の面持ちになったユリフィスは無言のまま隣に座っているフリーシアにも話を振った。
「……フリーシア、君にとってこの場所はあまり面白くないか?」
「そ、そうですね。私はあまり戦いを見て面白いという感情を抱いた事はありません。面白いよりも死人が出るのではとドキドキしてしまいます」
唇を噛み締めるフリーシアの様子に内心苦笑していると、不意に貴賓室の扉がノックされた。
部屋に待機していたヴィントホーク家に仕える執事が扉を開いて要件を聞く。
ユリフィスが一瞥すると、訪ねてきたのは黒い鎧を身に纏った騎士だった。
「――ご当主様。少し良いでしょうか?」
「……やれやれ、悪い予感しかしないな」
執事が座っているセレノアに近付き、耳打ちした。
彼は露骨に舌打ちを放ち、
「聞き込みの結果が分かった」
セレノアはユリフィスと目を合わせて、
「我々の予想は当たっていた。発見した死体についた斬り口から言ってプロの犯行らしい。そして目撃者の証言、まあ私が連行を命じたあの母子の事だが――犯人は紅い眼が特徴の黒いローブに身を包んだ男だったらしい。身長は君と同じくらいだそうだ。これはバレスと【影蛇】が協力して我々を陥れようとしていると考えて良さそうだ」
「……なら影蛇には依頼を取り下げてもらうだけではなくて、俺の濡れ衣を晴らさせる必要がある。この大会期間中に儲けるであろう金を使えば、犯人の身柄を引き渡してもらう事も可能だろう」
「いや、舐められたままではいられない。私が直々に捕まえる。それで強引に交渉の席に着かせるさ」
ユリフィスは顎に手を添えて考え事をする。
彼の様子を疑問に思ったセレノアが片眉を上げて尋ねた。
「何か不安な事でもあるのかい? まさか私が暗殺者程度に負けると?」
「いや、違う。そこは心配していない。だが、お前が捜査にかかりきりになってヴィントホーク城を離れる事が狙いの可能性もある」
「……どういう事だい。敵の狙いはフリーシア王女殿下だ。私が離れても従弟殿が付いていれば安心だろう」
「蛇の狙いはそうだ。だが、バレスは何を一番に優先して動いていると思う?」
「……当主の座かい?」
「そうだ。つまりお前の妹、アリアが狙いの可能性もある」
「……なるほど。そういう事か」
セレノアは途端に無表情になった。
「……不安なら妹の傍にいてあげれば良い」
「いや、それを見越して従弟殿はあの変な魔力を持っている少女を城に残してきてくれたわけだろう?」
ノエルの事だ。
ユリフィスは頷く。
他の魔人兵達は内通者を探すためにブランニウル公の騎士達を監視しているため、今のところアリアの方に回せる戦力はノエルしかいなかった。
それでも十分だろう。
スペルディア侯爵戦で、彼女はユリフィスらと共に戦ったためレベルが上がっている。以前よりも強くなっているのだ。
「……感謝するよ。だったら良い。守るなんて性に合わない。二度と手が出せないようにしてやるさ」
怒りを滲ませたセレノアが立ち上がった。
ユリフィスは正直に言うと、彼についていきたい気持ちが少なからずあった。
ただフリーシアの護衛は勿論、昼間は人前に出てアリバイを作っておく事も大切だ。
闘技場を離れる事はできない。
「――セレノア、頼んだぞ」
「言われるまでもありませんよ、我が王よ」
優雅に辞儀をした美青年が騎士を引き連れながら部屋を出て去っていく。ユリフィスは彼の背中を無言で見送った。
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