第66話
カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。
太陽の光を目の奥に感じ、ユリフィスはそっと目を開けた。
ぼんやりとする視界を擦りながら何気なく寝返りを打つと、間近に銀髪の天使の寝顔がある事に気付く。
髪色と同じまつ毛は驚くほど長い。
透き通るような真っ白の肌に触れてみたくなる衝動を抑えるのに苦労した。
すやすやと気持ちよさそうに眠る彼女の寝息がユリフィスの頬にかかり、僅かにくすぐったい。
「……いや、同じ場所で寝ただけで何もしてないはず」
ユリフィスは再び身体の向きを変え、天井を見ながら自分に言い聞かせるように呟いて昨夜の記憶を振り返った。
(彼女にマッサージしてもらって……その後。いや、途中で記憶が途切れている。という事は……)
答えは明白だ。
あまりの気持ち良さに寝落ちしてしまったのだろう。
つまりそういった行為はしていないし、ただ同じベッドで眠っただけだ。
そもそもキングサイズベッドなので二人で寝てもまだ余裕はあるし、くっついて眠ったわけでもない。
とは言え一応、ユリフィスは掛け布団を取り払ってフリーシアの状態を確かめた。
「……」
衣服の乱れはない。
しかし彼女が着ているシルクのガウンは身体のラインがはっきりと分かるもので、フリーシアの豊満な胸が強調されて見える。
照れ屋の彼女にしては珍しく、首から胸元の部分が開けており、ユリフィスは数秒間魅惑の谷間をしっかり目に収めた後、そっと掛け布団を元に戻してベッドを出た。
伸びをしながら着替えのためにワードローブの傍に行くユリフィスは気付かなかった。
「……っ」
眠っていたフリーシアが、耳まで真っ赤に染まっていた事に。
* * *
城で朝食を食べ、浴室で湯浴みをしたユリフィスは公爵家に仕える使用人達の手で衣服と髪をセットされた。
今日は闘技場の貴賓室で試合を観戦するらしい。来賓として当主直々に招かれるわけだから、皇子らしく見えるようにというセレノアからの命令のようだ。
身なりを整えたユリフィスは公爵家当主のセレノアと合流し、約束通り闘技場へと向かうために婚約者であるフリーシアと共に馬車へ乗り込んだ。
「――お二人とも。昨夜はお楽しみだったね」
「……」
「……ど、どういう意味ですかセレノア様っ」
アストライア最大の娯楽施設、円形闘技場へ馬車で向かう道すがら。
ユリフィスの隣に座るフリーシアが向かいの席に腰を落ち着けているセレノアをジト目で見つめた。
ユリフィスの方はセレノアの言葉を無視しながら街の様子を窓から眺めている。
「……というのは場を和ませるための冗談だよ、従弟殿。やっぱり気付いたかい?」
セレノアはからかうような笑みを消し、不意に真剣な表情でその綺麗なオッドアイを細めた。
街の様子は活気で溢れていた。
闘技場で開催される試合の規模はかつてない程であり、貴族の客も多い。
大通りには紋章付きの馬車が列を成している程だ。
屋台も普段以上に並んでいる。領民の多くが食べ物を手に、闘技場の方へ足を向けている。
しかし開催される祭り――『闘技祭』を楽しむ雰囲気の中に紛れて、馬車に乗っているユリフィスを見てひそひそと話込む人たちの姿が見受けられた。
「……バレスが何か領民達に吹き込んだか?」
「その可能性はある。ここからでは声は拾えないが――」
言葉の途中、馬車が急ブレーキをかけて止まった。
前のめりに倒れそうになるフリーシアを支えながらユリフィスはセレノアと視線を合わせた。
公爵家当主は御者をしている執事に向けて、
「何があった」
「……も、申し訳ありません。こ、子供が飛び出してきて……」
「子供だと?」
ヴィントホーク家の紋章が描かれた馬車の進みを平民が止める事などあってはならない。
それが例え年端もいかない子供だとしても、何らかの罰は必須だ。
「――お、俺の父ちゃんが何したんだッ!?」
セレノアが窓を開けた。
馬車を止めたという子供は、眼を赤く腫らしながら涙を浮かべて叫んだ。
「返せよ! 俺の父ちゃんを返せッ!」
子供は手に持っていた石をユリフィスに向けて投げつける。
だが、馬車の周囲にいる軍馬に乗った護衛の騎士達が阻み、当たる事はなかった。
「も、申し訳ありません、こ、子供がした事ですッ、ど、どうか、どうかお許しをッ!」
母親らしき女性が来て、子供の口を塞ぎながら押し倒すようにして二人は地面にひれ伏した。
目にしたセレノアは一言、
「……連行して話を聞け」
「かしこまりました、セレノア様」
黒い鎧を着たヴィントホーク家の騎士が頷き、母子を拘束する。
その光景を眺めていた民衆は蜘蛛の子を散らすように周囲から遠ざかる。
小さくなっていく喧騒にセレノアはゆっくりと背もたれに身体を預けながら、
「……興味深い事を言っていたね」
「あの子供。俺を見ていた」
「……母親の方も相当憔悴しているようだった。まだ判断材料としては少ないが、恐らく父親が殺されたのだろう」
フリーシアが視線を下げて、
「殺人事件、という事ですか……」
ユリフィスはため息を吐きながら顔をしかめた。
「つまりはその凶悪な殺人犯役を俺にさせようとしているわけか」
「……詳しい経緯を聞かなければ分からないが、恐らくはね。全く折角の祭りを台無しにするような事はしないで欲しかったが……」
額に手を置きながらセレノアが嘆いた。
「あの一族の恥はやはり生かしておくべきじゃない。私も捜査に加わるとしよう。証拠を見つけ次第、必ず私の手で処理する」
血縁関係にあろうと冷酷に対処する。
無表情で宣言したセレノアの様子を一瞥し、ユリフィスは腕組みをしながら瞳を閉じた。
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