第65話
アリアへの指導は夕方まで続いた。
指導と言っても、ユリフィス自身が我流なので基本的な剣の振りを教えた後は実戦形式で木剣を打ち合う時間がほとんどを占めた。
それからユリフィス達はヴィントホーク家の面々と夕食を共にした後でようやく客室へ案内された。
「――済まない、従弟殿」
しかし、そこでセレノアが余計な気を回した。
「この一部屋をフリーシア王女殿下と使ってくれ。明日から闘技場百周年を記念して開催される祭りの影響で、我が城には多くの貴族たちが泊まりにきている。そのおかげで客室がほぼ満席でね」
「……」
「でも丁度良いだろう。フリーシア王女殿下は悪名高い暗殺組織に狙われているんだ。しばらく一緒に過ごした方が良い」
「……」
ユリフィスはセレノアにジト目を向けた。
彼は爽やかな笑みを浮かべながら、
「勿論城の警備は万全だから念の為の措置さ。それと明日は闘技場に観戦しに行くから、羽目を外しすぎず早めに寝るんだよ、従弟殿」
言い終えた後ウインクしてくる彼にイラっとしながら、ユリフィスは無言のまま手を払った。
(イケメンなのが余計に腹立つな)
「ああそれと。妹がまた時間がある時にお願いしたいそうだ」
「……分かった。分かったから早く行け」
ひらひらと手を振って、今度こそセレノアが去っていく。
その背中を何とも言えない表情で見送りながら、ゆっくりと扉を閉めて背後にいるフリーシアと視線を合わせた。
「……悪いな。嫌だったら――」
「い、いえ、嫌とかではないですが……少々恥ずかしい、ですね」
はにかみながらフリーシアが頬を染める。
彼女は客室に用意された一つしかないキングサイズベッドにちょこんと座り、ユリフィスを見つめた。
「……ユリフィス様、大分疲れたお顔をしています」
「そうか?」
ユリフィスは眉間を揉みながら客室に用意されてある深紅のソファに座った。
「まあ確かに慣れない事をして精神的にどっと疲れたな」
「……それだけじゃありません。筋肉痛だと言っていましたよね?」
「……そうだな。肉体的な疲れもある」
身体をソファに沈ませ、天井を見上げるユリフィス。
そんな婚約者の姿にフリーシアは優し気な表情で、
「よろしければマッサージでもどうでしょうか。アークヴァインではよく父や母にしてあげていたんです」
ユリフィスは視線を下げて、
「……王女自らか。贅沢だな」
「王族である前に、両親にとっては娘ですから」
フリーシアがそう言って軽くベッドを叩いた。
「遠慮なさらずどうぞ。今までたくさん戦ってきた分の疲れを少しでも軽くいたしますから」
「……一応、俺は君の護衛としてここにいるんだが……」
「セレノア様の様子を見ていたら分かります。建前だという事は」
ユリフィスは深く息を吐きながら立ち上がった。
自分の本心がどちらかは明白である。
「……ありがとう、フリーシア。誘惑には勝てなかった。済まないが、お願いできるか?」
「はい、分かりました。では……マントをお預かりしますね」
ユリフィスの肩にかけられたマントをフリーシアがそっと外し、丁寧に折りたたみながら彼女は部屋にある装飾付きのワードローブを開けて中に掛けた。
上に着ている衣服も脱ぎ、肌着になったユリフィスはベッドの上にうつ伏せに寝そべる。
「これでいいか?」
「はい。まず身体の末端からやっていきますね」
フリーシアはユリフィスの傍に座り、彼の手を取る。
彼女はユリフィスの手指を摘まんだり、伸ばしたりしながら優しい力で揉み解していく。
「痛くありませんか?」
「……ああ」
力加減の具合を確かめながら、フリーシアは丹念に手にあるツボも押していく。
「……爪も伸びていますね。後で切ってさしあげます」
「……い、いや……爪くらいは……自分で……」
始まって早々、既に眠くなり始めたユリフィスの表情を見て、フリーシアは嬉しそうに微笑んだ。
「……先に上半身を済ませますね」
「……ああ」
「眠かったら寝ていいんですからね」
フリーシアが傍を移動する気配がした。
目を閉じているユリフィスは全身を弛緩させ、微睡みながら全てを婚約者に委ねた。
「ユリフィス様の身体、硬いですね」
「……」
フリーシアがユリフィスの肩の凝りをピンポイントでぐりぐりと押す。
そのたびに僅かに痛みを感じてユリフィスが顔をしかめると、
「い、痛かったですか? もうちょっと優しくした方が良いでしょうか」
囁きながら彼女は揉み方を変え、手のひらを肩に乗せて摩った。
そのたびに聞こえる衣擦れの音も耳に心地よく、益々ユリフィスは眠りの世界に誘われる。
しばらく微弱な刺激を続けながら、フリーシアが口を開いた。
「……アリア様、褒められて喜んでいましたね」
「……そうだな」
「私のお兄様も血統魔法を継げず、いつも国の貴族達に見下されていました。その事を思い出してか、アリア様の事は他人だと思えません」
「……」
「ユリフィス様も……あの方に思うところがありましたか?」
ユリフィスは無言で頷いた。
自分の境遇に絶望し、全てを諦めて怠惰に過ごしても良かったのだ。
しかし彼女は一族の者達を見返すために努力を続けている。
その姿に敬意すら持つ。
(果たして、俺が同じ境遇だったら同じように努力できただろうか)
そう思うからこそ、ユリフィスは原作主人公――アークヴァインの第一王子も尊敬しているのだ。
「力になってあげたい。そう思う気持ちは分かります。私もそうですから」
そこで一泊置き、フリーシアはユリフィスの耳元に口を寄せ、
「……で、でも……ユリフィス様、指導中にイチャイチャするのはダメですからね?」
(ばっちり見てたのかよ……)
思わず眠気が覚めた。弛緩させていた身体に力が入る。
あの時フリーシアはセレシアと普通に会話していたように見えたから、自分の気にしすぎかと思っていたが。
ユリフィスはしばらく間を置いてから、
「……わ、分かりました」
敬語で返答した。
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