第64話
大鷲の像の噴水が置かれた中庭の中央で、ユリフィスとアリアが向かい合う。
初めての対人戦だと言う従妹からは、隠しきれない緊張と共に嬉々とした感情が伝わってくる。
「従弟殿、これを使ってくれ」
セレノアから木剣を渡されたユリフィスが無言で受け取ると、柱廊にいる者達の視線が集中した。
「二人とも。怪我には気をつけてくださいね」
椅子に座ったセレシアが穏やかに言う。
フリーシアはユリフィスに向けて小さく手を振り、マリーベルは声には出さず、口の動きだけで怪我させちゃダメだよと伝えてくる。
ノエルは眠そうに目を擦っており、どこか退屈そうだ。
「――始めるか」
「はい、よろしくお願いします。ユリフィス殿下」
生真面目に礼をしてから構える、血統魔法を受け継げなかったという少女。
原作主人公もそうだが、この世界では極まれにある事だ。
貴族の証である魔法を使えない者の一生は、どれも碌なものではない。
いくら努力をしても、その努力が認められる事はない。何をしたって魔法が使えないのだから、他の貴族にとっては全てが無駄に映るのだ。
しかしユリフィスは知っている。
努力を続け、本物の英雄となって固有魔法を得た主人公の姿を。
「――行きます」
アリアが勢いよく踏み込み木剣を振るう。左への袈裟斬りをユリフィスは木製の剣身で何なく受け止める。
正直な剣筋は気持ちが良いが、読むのに苦労はしない。
幾度目かの打ち合いの途中、ユリフィスは強引にアリアの木剣を巻き取って石畳の上に叩き落とした。
木剣が転がる乾いた音が辺りに響く。
「本気を出して良いぞ」
「……っ分かりました」
表情を引き締めたアリアが木剣を拾う。
そして顔を上げた彼女は瞳を閉じて集中し始めた。
身体に魔力を流し、身体強化を発動したのだろう。
(魔力を扱う才能はあるのか)
眼を見開いた彼女が怒涛の連撃を繰り出してくるが、ユリフィスはその場から一歩も動かず、片手で握った木剣のみで対処する。
単純なステータス差ではない。
全身を弛緩させたユリフィスは技術のみで彼女の剣と渡り合う。
「くっ」
彼女は悔しそうに唇を噛みながら剣を振るい続けた。
ユリフィスが斬撃を器用に受け流しながら打ち合っていると、アリアの後ろでセレノアが口をパクパク動かして何か伝えようとしているのが見えた。
「(何かアドバイスを。従弟殿)」
(……簡単に言ってくれる)
人に指導した経験などないユリフィスは顔をしかめながら、眉根を寄せてアリアを見つめる。
「あまり偉そうには言えないが」
前置きしてから、
「受け流す時は腕力に頼らない。足の軸の回転を使って剣の刀身を滑らせる」
「……こ、こうですか?」
ユリフィスが振り下ろした木剣をアリアは言われた通りに足腰を捻り、腕を正中に構えたまま木剣を滑らせた。
「……できた……」
「そうだな、今のは良かった。言われた事をすぐに実践できるのは才能がある証拠だ」
手を止めたユリフィスが褒めると、アリアは眼を見張りながら僅かに頬を染めて俯いた。
「……才能があるなんて初めて言われました。世辞でも、嬉しいものですね」
「本心を言ったつもりだが、まあいい。続けるか?」
「……はい、お願いします」
アリアは控えめに笑みを浮かべてユリフィスと視線を合わせた。
「――打ち込む時に力が入りすぎている。物を斬るための剣がただの鈍器になっている」
「……どうすればいいですか?」
「剣先までを自分の腕だと思う感じ、かな。無駄な力を抜いて、剣身より先に肘を下げないように」
「……言葉ではちょっと分かりにくいです。あの、直接手を取って教えて貰えると……」
アリアが上目遣いでユリフィスを見つめた。
頰を掻いて目を逸らしたユリフィスはまずアリアの後ろにいるセレノアに確認を取る。
「(こう言っているが、触れても良いか?)」
「(許可しよう、従弟殿)」
両者とも声を出さずに口の動きだけで会話する二人に、アリアが呆れを滲ませて、
「殿下、お兄様に付き合わなくて良いです。というかお兄様、気付いてないとでも思っていたんですか? いいからあっちに行ってください」
「……はい」
頬を膨らませたアリアに怒られ、とぼとぼと肩を下げて柱廊の方へ歩いていくセレノアを見送り、
「じゃあお願いします」
「……分かった」
ユリフィスはアリアの後ろに回り、彼女が握っている木剣を一緒に握った。
まるで彼女を後ろから抱きしめているような、そんな体勢にも見える。
この状況を婚約者であるフリーシアに見られているという事実に何となく居心地が悪くなるが、フリーシアにちらりと視線を送れば和やかにセレシアと談笑しながらこちらを眺めている。
(自意識過剰か。そうだな、これはただの指導だ)
そう思って視線を下げると、アリアの耳が赤く染まっている事に気付いた。
意図せずユリフィスの吐息がアリアの耳にかかり、彼女は僅かに身体を震わせた。
「あ、あの、早く教えてください」
「……わ、分かった」
彼女も照れている事が分かり、ユリフィスは露になっているうなじや女性的で引き締まった細い肢体、汗と石鹸の香りが混ざり合った匂いを否応なしに意識してしまう。
とは言え、背中に感じるセレノアの視線に我に返ったユリフィスは邪念を払うべく一度強く目を閉じて指導に集中した。
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