第63話



 

 ユリフィスはセレノアの案内に従い、中庭へとやってきた。

 

 城の入り口に広がっていた美しい庭とは打って変わって、中庭には花壇どころか植物が一片もない。


 中央には鷲を模した噴水があるだけで、他は石畳が敷き詰められた空間が広がっている。


 中庭には二人の先客がいた。

 一人は噴水の近くで剣を振る可愛らしい少女だ。


 皇族の象徴である黒髪を高い位置でポニーテールに結んでおり、露になったうなじから汗が滴り落ちている。


 ミニスカートから覗く細い生足は長めのグリーブによって守られ、衣服はドレスと鎧を合体させたようなものを着用していた。


 二人目は柱廊で日差しを避けながら、椅子に座って少女の鍛錬風景を穏やかに見ている紫紺のドレスを着た女性である。


 長い黒髪をセンター分けにした、スタイル抜群な美女だ。


「……母上、ただいま帰りました」


 セレノアが後者に声をかけると、その女性は首だけ振り返った後、眼を見開いた。


「セレノア、貴方心配していたのよ? 怪我はない?」

 

 女性は椅子から立ち上がり、心配そうに眉根を寄せる。


「……皇子殿下を迎えに行くだけで、怪我を負うわけがないでしょう」


「しかしバレス様が完全武装の騎士を引き連れて、私達にしばらく中庭にいるように厳命されていきましたので」


「……」


「貴方とバレス様は何かと衝突する事が多いから。でも無傷なら問題は起きなかったのですね、母は安心しました」


 穏やかに微笑む女性に、セレノアは照れくさそうに視線を逸らしながら苦言を呈した。


「そんな事より母上。皇子殿下の御前です」


 セレノアがユリフィスを紹介するように身体を傾ける。


「……初めまして、になりますね」


 ユリフィスが珍しく緊張したように呟くと、女性は僅かに目を丸くしてくすりと笑いながら、


「……はい、初めまして、ユリフィス殿下。ヴィントホーク家当主の母、血縁上は貴方様の叔母に当たるセレシア・ヴィントホークと申します」


 しっかりとユリフィスの紅い瞳を見つめ返して、女性――セレシアが告げた。


 彼女は半魔を前にして恐怖や嫌悪といった感情は見当たらず、自然体のままである。


「母上、皇子の顔を見て笑いながら返事をするなんて無礼に当たりますよ」


 僅かに眼差しに険を込めてセレノアが注意すると、


「ご、ごめんなさいっ、失礼ながらそのお顔を見て、兄を思い出してしまって」


 息子に怒られ、慌てて口元に手を当てぺこりと頭を下げるセレシアに、ユリフィスは自然と張っていた肩の力を抜いた。


「……自分ではあまり似てないと思うが、似ていますか?」


「顔立ちは貴方様の方が整っていてかっこいいわ。でもあまり表情を動かさずに喋るところとか、雰囲気がそっくり」


「……なるほど」


 返答に困るユリフィスの様子を見て、セレシアが眉根を寄せながら、


「……急に叔母だと言われても困るでしょう?」


「いや、そもそも貴方に限らず血縁関係がある者とこれまでほとんど接触してこなかったので……」


 たじたじのユリフィスを見て、セレノアが助け舟を出した。


「皇子殿下含め、皆様はこれから城に数日間は滞在する事になります。なので母上、他の方々も合わせて紹介します。アリア! 君もチラチラ見ていないでこっちへ来なさい」


 剣を振りながら、視線だけ時折寄越していた少女の名をセレノアが呼ぶ。


 アリアと呼ばれた少女は、仏頂面で剣を振る手を止めてこちらの方に歩いてくる。


「ご苦労様、アリアちゃん」


「……ありがとうございます、お母様。でもいい加減その呼び方はやめてください」


 セレシアがタオルを手渡すと、アリアは礼を言いながら受け取って首筋に浮く汗を拭った。


 揃った家族を前に、セレノアが改めてユリフィスを紹介し、それから婚約者であるフリーシアと順に続ける。


 それぞれ初対面の挨拶を終えたが、何故かアリアは意思の強そうな目をユリフィスに向けたまま離さない。


 いや、正確にはユリフィスの手を見つめている。


「……どうかしたかい、アリア」


 セレノアが妹の様子を疑問に思い尋ねてみるが、


「何でもありません」


「何でもあるだろう。従弟殿の手を食い入るように見つめていたじゃないか」


「見てません」


 察したユリフィスは間に入って、


「俺の手にある剣だこを見てたんだろう。違うか?」


 アリアは眼を見開き、


「あ、当たり、ですけど……」


「なるほど、なるほど」

 

 セレノアがユリフィスとアリアを交互に見つめ、一つ頷いた。


「実はね、アリア。従弟殿は剣の達人なんだ、手ほどきでもお願いしたらどうだい?」


 急に何か言い出したセレノアに視線を送るユリフィスを他所に、アリアは途端に瞳を輝かせ、


「そ、そうなんですか?」


「……い、いや、達人と言える――」


 否定しようとしたユリフィスの肩にセレノアが手を回して耳元に口を寄せ、


「従弟殿、妹は同年代の友人がいないんだ。それと彼女には師もいない。私は剣はからっきしだし、貴族の剣術指南役は絶対に魔法が使えない妹を見下すだろうし、かと言って平民の剣士に教えを乞えば一族の馬鹿どもが騒ぎ立てるし――」


「分かった、分かった」

 

 つまり仲良くなりながら剣を教えて欲しいと目の前の兄はそう言っているわけだ。

 セレノアを宥めながら、とりあえずユリフィスはアリアと改めて向き合った。


「自分が達人だと思った事はないが、剣はそれなりに使える。一度立ち会ってみるか?」


「……初めての対人戦……わ、分かりました。お願いします、ユリフィス殿下」


 少しワクワクした様子で先に中庭の中央にある噴水の近くへ走っていくアリアに頬を緩ませながら、ユリフィスはセレノアと視線を通わせた後ゆっくりと歩いて後を追いかけた。


 

 


 

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