第60話




 ヴィントホーク家の居城を前に、緊迫感漂う光景が広がっている。


 三大公爵家に仕える騎士同士が睨み合い、まさに一触即発の状況である。


「――私が話をしてくる。ここは任せてくれ、従弟殿」


「……分かった」


 この場を収める為に、セレノアが先に馬車を降りた。


「――これはどういう事だ?」


 親族とは思えない、険のある態度でヴィントホーク家当主が声をかけた。


「……セレノアか。どういう事も何も、私がお前に変わってヴィントホーク家としての態度を明確にしているのだ。我々は化け物となれ合うつもりなどない」


 鋭い目付きが特徴の壮年の男が嘲笑しながら表情を歪めた。


 彼の態度にセレノアは苛立った様子で舌打ちを放ち、


「黙れ。そもそも誰の許可を得て騎士団を動かしているんだ? 知らないようだから教えるが、当主は私だ」


「……まあ落ち着くのだ、セレノア。お前はまだ若い。至らぬところも出てくるだろう。だからこそ私を相談役につければ、万事上手くいく。そうだろう?」


 余裕綽々な様子で告げる男に対して、セレノアは冷たい声で、


「勝手に役職を作らないでもらいたいね。貴方にそんな権限はないのだから」


「そう邪険にするな。私は兄からお前の事を頼まれているのだ。不出来な息子をよろしくとな」


「捏造するのはやめてもらいたい」


 場を収めるどころか、どこまでも続くような気配がする言い合いにユリフィスはうんざりしながら馬車を降りる。


 同じようにフリーシア達も馬車を降りてきて、ユリフィスは彼女たちと顔を見合わせた。


「――とにかく公爵家の当主は私だ。騎士達よ、お前たちの主は私だ。即刻武装を解除しろ」


「待て、セレノア。騎士達は必要だ――」

 

 まだ言葉の応酬は続いている。


「……あのお方はセレノア様の?」


「叔父に当たる人物らしい」


 フリーシアの小声の疑問にユリフィスは答えながら、わざとらしく咳ばらいをする。

 振り返ったセレノアはしまったと言いたげにバツが悪そうに頬を掻いた。


「――おお、フリーシア王女殿下、お見苦しいところを見せてしまい申し訳ない。遠路はるばるよくぞお越しいただきました」


 今気付いたとばかりに、彼女の前にセレノアの叔父が片膝をついて畏まる。


「私の名はバレス・ヴィントホークと申します、以後お見知りおきを。麗しい姫君」


 そう言ってフリーシアの手の甲を取ってキスしようとする。

 ユリフィスは無言で男――バレスの手を払った。


「……自国の皇子を無視しないで欲しいな、バレス殿」


「皇子?」


 立ち上がったバレスがユリフィスを見下ろす。


「お前のような者を誰が認めるというのか。魔物の血が皇族に混じっている等、帝国の汚点でしかない。本来は存在すらしてはいけないのだ」


 ユリフィスは彼の瞳を無言で見つめ返した。

 その眼に宿っている明確な嘲りの色を見て悟る。


 彼とは相容れないなと。


「今すぐ取り消せバレス。当主命令だ、両膝をついて、頭を地に伏して誠心誠意詫びろ」


 自らの叔父を呼び捨てにしたセレノアが瞳孔を開いて告げた。


「セレノア。執務経験が浅いお前を支えてやっているのは誰だと思っている。お前は私に偉そうに命令できる立場か?」

 

「――良いでしょうか?」


 緊迫感が増していく場に、フリーシアがするりと割って入った。


「……ユリフィス様は私の大切な婚約者に当たります。彼を蔑ろにするなら、アストライアに滞在する事はできません」


「……」


「人は生まれる場所を選べません。ユリフィス様に非は一切ないのです。それを考えてから発言された方がよろしいかと思います」


「……お言葉ですが、王女殿下――」


 しかし、何か言いかけたバレスの言葉を無視してフリーシアはユリフィスの手をそっと握った。


「行きましょう、ユリフィス様。私たちは、この街に用などありません」


 そう言って歩き出したフリーシアの横顔は決然としていて、ユリフィスの瞳に酷く頼もしく映った。


(セレノアはバレスとは致命的に仲が悪い。緩衝材としては不適格だった。その点、フリーシアには助けられた)


 バレス達の目的は、セレノアからの情報で明確だ。


 フリーシアの誘拐を企む彼らからしてみれば、何とかしてこの街に留めておきたいと思うだろう。

 ユリフィスの入城を拒否すれば、フリーシアも共に街を出ると言っているのだから、バレスはユリフィスの滞在を呑むしかない。


「――王女殿下がそこまで言うなら、大変に異例な事ですが入城を認めましょう」


「……偉そうに。認めるも何も当主は私だ」


 また喧嘩が始まりそうになったため、セレノアに視線を送って言葉を止める。


「ようやく話がついたな」


 ユリフィスは無表情で手を差し出した。


「別に仲良くしたいわけじゃない。お互い不必要に干渉しない。それで良いだろう?」


 伸ばされた手を取る事なく、バレスが鼻を鳴らしながら背を向けようとしたところで、


「手を取って約束してください」


 フリーシアが念を押す。

 彼女の態度と視線に根負けしたのか、バレスが嫌々ユリフィスの手を握る。


 その瞬間、ユリフィスはこれまでの鬱憤を込めて力強く握りしめた。


「ぐッ」


 意図に気付いたバレスが負けじと握り返してくるが、ユリフィスの力は彼の想像を遥かに凌駕していた。


 骨を砕いた感覚がある。

 だが、バレスは額に汗を垂らしながら、大貴族としてのプライドからか悲鳴を上げるのを懸命に抑えている。


 ユリフィスは手を離して、


「――もし干渉してきたら、次はこんなお遊びでは済まさんぞ」


 バレスに耳打ちしながらセレノアに視線を向けた。


「では当主殿。城の中の案内を頼めるかな?」


 手を抑え睨んでくるバレスの姿に、セレノアは嬉しそうに笑みを浮かべながら言った。


「任せてくれ、従弟殿。旅の疲れを癒せるように、最上級の客室を用意しよう」

 

 

 



 

 

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