第59話




 それから特に大きな問題も起きず、馬車はアストライアへ向けて順調に進んでいた。


 数時間程馬を走らせたところで、ハーズの街が比にならない程の大都市を視界に捉えた。


 魔物の侵入を防ぐために築かれた街壁の高さは帝都とほぼ同程度である。


 その街壁よりも高く聳えるのが三大公爵家の一角、ヴィントホーク家の居城だ。


 第二の帝都とも謳われる街アストライア。


 円形闘技場で開催される大規模な賭け試合は大きな収益を上げ、貴族や民衆問わず熱狂させる。


 街が近付くに連れて、街道は旅人や隊商の馬車等で賑わい始めた。


 公爵家の家紋が描かれた二大の馬車は酷く目立っている。

 

 旅人は足を止め、道端に平伏しながら通り過ぎるのを待ち、隊商の馬車は街道の脇に外れてこちらに道を譲る。


 ユリフィスは窓に映った平民たちの姿から視線を外し、セレノアと談笑を続けた。


 目の前の従兄は良い意味で大貴族らしくなく、年齢も近い事もあって非常に話やすい。

 

 話をしている内に馬車は街の正門へと着いた。


 ちなみに街への入り口に当たる門は東西南北四ケ所あり、いずれも跳ね橋を使って中に入る仕組みとなっている。


 門の上方には黒い鷲の紋章が描かれており、誰が治める街か一目で分かる。

 平民たちが手続きの為に列を成す中、領主を乗せた馬車はその横を素通りして街へと入る。


「――帝都を思い出すな」


「人の数は負けていないだろう?」


 向かいに座るセレノアが窓のカーテンを開けて笑顔で手を振る。


 街の大通りには多くの人の姿がある。

 領民達は領主が乗る馬車だと一瞬で悟ったのだろう。


 大きく手を振り返す者や笑みを浮かべて頭を下げる者、歓声を飛ばす者。


 セレノアが領民達からどれだけ慕われているかが良く分かる。


「人気だな」


「領民にだけはね。何せ私は彼らに至高の娯楽を提供しているんだから」


「……どういう意味だ?」


「簡潔に言えば、私が闘技場の最新の王者チャンピオンなんだ。平民たちは血統魔法を操る貴族に対して一種の畏怖と憧れを抱いている。それを駆使して魔物を倒す姿を見れば、誰だって心躍らせるだろう? それが性格が良くてイケメンの私ともなれば猶更」


「……なるほど」


 事実ではあるので、ユリフィスは特にツッコミを入れずに納得した。

 その一方で、ブランニウル公の紋章が描かれた馬車を見た領民達の反応は、


『――アレは……』


『三大公爵家の一角の家紋だ。乗っているのは……』


『……半魔の皇子か。この街に何しに来たんだか』


 領主の時とはうって変わって、民衆の眼は冷たい。


「……俺が来る事を街の人々は知っていたみたいだな?」


「特に触れは出していない。恐らくは叔父が勝手に情報を流したんだろう」


「……」


 ユリフィスは窓の下枠に肘を置いて頬杖をついた。


「大丈夫さ、私は見ての通り民に人気がある。私の従弟である君が受け入れられるように尽力するつもりだ」


「……頼ってばかりもいられない。皇帝となる上では人気も非常に重要な要素だ。半魔という存在の認識を変えなければな」


 第一皇子と第二皇子を争わせ、内戦を終わらせる救世主という形で人気を獲得する絵を描いていたが、折角ノエルを仲間にしたのだ。


 できる事は全てやっておきたい。


「闘技場には多くの魔物がいるんだろ?」


「そうだね。一族の者が生け捕りにした魔物を闘技場内にある檻の中に入れている。さっきも言ったけど祭りが近いから普段より余計に捕えているはずだ」


「……セレノア、君は民が被害を被る事になったとしても容認できるか?」


「……領主としては当然容認できないが、君の臣下としてなら構わない」


 はっきりと首肯したセレノアにユリフィスは視線を合わせて礼を言った。


「そうか。感謝する」


「……計画の全容を聞いても良いかい?」


「まずは【影蛇】とヴィントホーク家への対処を終えてからだ。先の事はそれから決めよう。だが、これだけは約束する。死人は出さずに収めるつもりだ」


「その言葉を信じよう」


 そのまま馬車は街の大通りを真っすぐ進んでいく。

 するとヴィントホーク城に繋がる正門が見えてきた。


 見上げる程大きな城の手前にある石積みの門。


 巨大な落とし格子は上げられた状態のままで、セレノアが乗る馬車はそのまま城の庭へと進んでいく。


 左右対称の見事な前庭に感嘆するより先に、眼についたのは城前にいる完全武装をした騎士の集団である。


「――そこで止まるのだ。我がヴィントホーク公爵家は魔物の血が流れる者を客人とは認めないのでね」


 集団から進み出たのは手指にいくつもの宝石の指輪をつけ、豪華なロングコートを着た男だ。


 紫水晶アメジスト色の髪を短く刈り上げた彼は鋭く尖った眼をこちらに向けてくる。


「アレが叔父殿だよ」


「……なるほど。相当舐めた態度を取るというのは本当だったようだ」


 その言葉にセレノアは得意げな顔をして、


「味方に引き込めそうかな?」


「……いや、やめておこう」

 

 瞬間、セレノアは心底嬉しそうに笑った。


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