第58話



 それからユリフィス達は第二の帝都と言われる程の大都市アストライアへ向けて馬車を走らせた。


 ユリフィスはセレノアから内密の話があるという事で、彼が乗ってきた馬車の方に同乗している。


 今まで乗っていたブランニウル公の馬車に勝るとも劣らない内装の質に感心しながら、向かいに座る黒髪オッドアイの美青年、セレノアに視線を向けた。


「――それで話とは?」


 セレノアはその言葉に答える前に馬車の窓にあるカーテンを閉め切って、


「……従弟殿も薄々察しているかもしれないが、アストライアではヴィントホーク家の者達と【影蛇】。二つの勢力がフリーシア王女殿下の誘拐を企んでいる」


 ユリフィスは足を組み替えながら、


「第一皇子から指示を受けたのか?」


「まあね。実を言うと一族を代表して私が直接命令された。陣頭指揮を執り、誘拐の計画をまとめろと。アストライアに向かっているから、【影蛇】の部隊を先行させて邪魔な連中を始末しろとも」


 だが、結果どうなったかと言えばセレノアは自らその部隊を壊滅させた。


 彼は第一皇子の命令を無視するどころか、次期皇帝の意に反する行動をとったわけだ。


「事の詳細を喋ってくれるのは有り難いが……今回の件でただでさえ不安定な足場が崩れるかもな」


 第一皇子からすれば、手綱を握りやすい者を公爵家の当主に置きたいはずだ。


「もし一族の者が当主の座を狙って動き出したらそれは一種のチャンスだよ。私に反感がある者達全員をまとめて処分できるんだから」


 真顔でそんな事を言うセレノアからは、大貴族としての風格と覚悟を感じ取れる。


「それと従弟殿なら気付いているだろうけど、そもそも何故第一皇子は一行がアストライアへ向かっていると知っていたのか」


「……元々俺達の動向を部下に監視させていた。そう言いたいところだがな」


 流石にずっと見張られていればユリフィスは気付く。

 そうではないとしたら、


「内通者か」


「……その可能性が高いと思う。誰か心当たりは?」


「恐らく騎士達の誰かだと思うが」


 しかし、それでも納得がいかない。


 帝国宰相であるブランニウル公は自分の隠し子であるマリーベルを旅に同行させる上で、護衛の騎士の人選には非常に気を遣ったはずだ。


 彼の眼すら欺く程の密偵というのは考えにくいが、情報が流れているのは間違いない。


(魔人兵達に騎士全員に不審な点がないか探らせるか)


「それは手を打っておくとして、とりあえず部屋割りはフリーシアの隣の部屋を俺にしてくれ。いつでも駆けつけられるように」


「婚約者なんだろう。一緒の部屋ではなくて良いのかい?」


「……彼女は照れ屋なんだ」


「ふむ」


 何やら含み笑いを浮かべるセレノアを怪訝そうに見つめると、


「了解した。ちなみにヴィントホーク家の者の中で、特に危険な人物は私の叔父だ。彼が一番野心家であり、私に次ぐ力の持ち主だ。彼を抑えれば、反旗を翻す勇気等ない者達ばかりさ」


「味方に引き込めないか?」


「無理だね、絶対。従弟殿に対しても恐らく相当舐めた態度を取るだろうね。剣こそ至高というヴィントホーク家そのものみたいな考え方をしているから、弓使いの私を嫌っているし、私も彼の事は大嫌いだ」


 セレノアは初めて明確に嫌悪の表情を浮かべた。


「何より許せないのがアレは私の母と寝ようとしたんだよ。父が病気で亡くなった事を良い事にね。悲しみに暮れる母を慰めようとしただけだとアレは言っていたが……」


「……そ、そうか」


 額に青筋を浮かべ、拳を握って怒りを露にするセレノア。

 公爵家のドロドロした人間関係に若干ユリフィスは引きながら、


「ん? そういえば、セレノアの母って」


「君の叔母に当たる人さ。先代皇帝の妹」


「……」


 ユリフィスは不思議な感情が芽生えた。


 会いたくないような、会いたいような。


「話を聞く分に君の婚約者殿に似ている人だよ。とても大人しくて本が好きな人だ。多分、母も会いたいと思ってる」


「……」


 ユリフィスは無言でセレノアから視線を外した。

 拒絶された時の為に、あまり期待はしないでおこう。


「――総括すると、一番の問題は【影蛇】への対処法だね。彼らは彼らで独自に動くだろう。私が始末した者達は所詮末端。名付きネームドの暗殺者は比べ物にならないレベルで強いと聞く」


「……俺に考えがある」


 ユリフィスが告げると、セレノアは眼を見張りながら口角を上げた。


「おお、流石は従弟殿。どういった考えかお聞きしても?」


「【影蛇】は暗殺組織だ。彼らは何を報酬として受け取る?」


「それは金だろう」


「そう。金だ。つまりより多くの金を出して第一皇子側の依頼を取り消せばいい」


「……相当な額の金を積んだはずだよ。もしかして公爵家の財を当てにしているのかな?」


「いや、違う」


 アストライアには、帝国でも非常に有名な巨大な娯楽施設が存在している。


 魔物と人、または人同士を戦わせる巨大な円形闘技場コロシアムが。

 そこでは日夜、勝敗に対して賭けが行われ莫大な金が動く。


「――俺は目利きには自信があるんだ。全試合の勝敗を当てられる自信がある」


「ほう、面白い。では従弟殿。我が城で旅の疲れを癒したら、一緒に見に行こうじゃないか。丁度良い事に近々闘技場が始まって百年の節目を迎えるんだ。だからそれを記念して大きな祭りを開くんだよ。普段より強い魔物達も取り揃えているし、観客は方々から集まるだろうね」


「……」


 ユリフィスは内心、笑みを浮かべながら片眼鏡モノクルを取り外し、それを瞳を細めて眺める。


「……似合っているけど、それはただのファッションなのかい?」


「そうだな」


 素知らぬ顔で答えるユリフィス。


 この手のひらの中にあるものが使えば、闘技場でぼろ儲けできるに違いない。

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