第57話



 やってきたその青年は軽快な動作で馬車の屋根上から降りた。


 白と赤が入り混じった軍服のような貴族服を着ており、髪色は皇族の証である黒。

 顔立ちは非常に整っており、瞳の色が左右で違うオッドアイという目を惹く外見である。


「――初めまして、従弟殿」


 初対面だが、彼は非常に親しみやすい笑みを浮かべて続けた。


「そして申し訳ない。アストライアを治める大領主としては失格だよね。街道の治安維持さえまともにできないんだから」


 やれやれと頭を振りながら青年は肩を下げた。


 彼は自分が殺した暗殺者達の屍が累々と並んだところを縫うように歩きながら馬車の目の前までやってきた。

 護衛部隊の騎士達は黒い鷲の紋章を付けた衣服を纏う彼の正体に気付き、頭を下げて道を開けた。


「――いや、そんな事はない。領主自らの賊討伐、見事だった」


 ユリフィス達も公爵家の当主に対して礼儀を尽くすべく馬車を降りながら、


「そう言っていただけると嬉しいよ、従弟殿。この後、我が領地に――」


 しかし青年の言葉が途中で途切れる。


 彼の眼はユリフィスから逸れ、馬車を降りてきた婚約者のフリーシアや傍仕えのマリーベル、そして一歩後方に所在なさげに身を置くノエルといった三人の美少女を捉えている。

 

 青年はわなわなと震えた後、満面の微笑みを浮かべ、


「……おお、素晴らしく美しい宝石たちだ。このあと私とデートなどいかがでしょう? こう見えて私は婚約者がいない身でしてね、年は二十歳で若くして公爵家の当主なんだ。どうだい、すごいだろう? そして腕っぷしも――」


 こほんと、ユリフィスが咳ばらいをする。

 圧倒されていた女性陣も、硬直していた身体を弛緩させた。


「まず俺の隣に立っているのは隣国の姫君にして、俺の婚約者だ」


 ユリフィスは俺のという部分を強調して告げた。


 そんな彼の態度に、フリーシアが頬を染めて俯く。


「傍仕えと護衛の二人も、俺の大切な友人たちだ。だから口説くのは……俺が見ている前以外でやってくれ」


 無言の抗議の眼差しがノエルから注がれるが、ユリフィスは意図的に無視した。


 個人の恋愛事情にまで介入するつもりはない。

 ただ、原作を見る限りノエルと目の前のヴィントホーク家当主の関係は最悪だった。


「……それは失礼した。無礼な真似を許して欲しい従弟殿、王女殿下。私は美しい女性を見ると発症する持病を持っていてね、自分では制御が効かないんだ」


「……そ、それは大変ですね」


 フリーシアはタレ目を痛まし気に細めて真に受けたが、隣でマリーベルが半眼でツッコミを入れる。


「いやいや、ただの女好きというだけだと思いますよ、フリーシア様」


「……何、コイツ。キモッ」


 ぼそりとノエルが小さな声で悪態をついた。

 青年は胸元を抑え、苦し気に息を吐いた。


「こ、言葉の刃が一番効くんだ……でも初めてだよ、どこからどう見てもイケメンの私に真っ向から暴言を吐いた女性は。君、面白いね、名前は?」


 暴言を吐かれた経験がないのは当たり前だ。

 だって公爵家の当主なのだから。


 ともかくユリフィスはため息を吐いた。


「彼女の名を聞くより、まず自分の名を名乗ってもらえるか?」


「……これは失敬、従弟殿。もはや有名過ぎて名乗るまでもないと思っていたんだけど、もしかして私の事知らない?」


 (知っているかどうかの話ではなく、初対面ならまず名を名乗るのは常識だと思うが)


 とは言え、ユリフィスは勿論原作知識によって彼の事は知っている。

 そもそもこの青年に会うためにやってきたのだから。


 フリーシアも帝国について多くを勉強してきたから、大貴族である彼の名くらいは恐らく分かるだろう。


 ノエルは顔をしかめながらそっぽを向いているので、知っているのかどうかは分からない。


 マリーベルだけが、躊躇いがちに頷いた。


「――そうかい、では華麗なる私の名を聞くといい、可愛らしいハーフドワーフよ。私はセレノア・ヴィントホーク。剣の名家に生まれ落ちた、弓術の天才さ」


 青年――セレノアは親し気にマリーベルに対して片手を伸ばす。

 握手してくれという事だろう。


 マリーベルはそっとユリフィスの袖口を掴んで彼の背後に隠れる。


「……うーん、悪い人じゃなさそうだけど」


 マリーベルが渋い表情で呟く。


(……ゲームで見たまんまだな)


 懐かしさと嬉しさが同時に胸中に芽生えたユリフィスは彼女の代わりに青年――セレノアの手を握った。

 

「弓術の天才というのは自称ではなさそうだ。その腕前はさぞかし評判なんだろうな」


 ユリフィスの手を握ったセレノアが苦笑しながら首を左右に振る。


「いやー、それが領民の反応は中々良いんだけどね。一族の者からは冷たい目で見られるばかりだよ。先代公爵の父の子供が私と妹の二人しかいなかったから、跡取りの座はすんなり決まったけどね。今も多くの者達が私の粗探しに夢中で虎視眈々と当主の座を狙ってる」


「……その状況で、よく跡を継げたな」


「実力で黙らせたんだよ。不満を持つ一族の者達と、剣の間合いで勝負して私が勝った」


 何でもない事のように言うが、それは彼だからこそできる事だ。


「まあでも依然として一族の者と私の間には溝がある」


 ユリフィスは付けている片眼鏡を中指で押し上げながら、


「……自分の弱みを堂々と晒す理由を聞いてもいいか?」


「信頼されるためには、まず自分から何もかも曝け出さないとと思って」

 

 セレノアは言いながら、ユリフィスの前に片膝をついた。


「一族の者達は第一皇子に尻尾を振っているようだけど、私は違う。私は従弟殿とは初対面だが、帝都に行った時からその存在の大きさは認知していた」


 ユリフィスはアストライアでは何が起きても大丈夫だと、そう考えていた理由がこれだ。


 セレノアはきっと、何もしなくとも仲間になってくれると思っていたから。


「――何故俺に従う。半魔の皇子に傅く理由はなんだ?」


「……従弟殿には敵わないと悟っているから。私の瞳は魔力の総量が視える特別な瞳なのです」

 

 セレノアは顔を上げ、特徴的なオッドアイをユリフィスに向ける。

 右目に当たる紫水晶アメジスト色の瞳を閉じながら、残った左眼、を輝かせた。

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