第56話



 窓から外の景色を覗くと、そこは怒号が飛び交う戦場となっていた。


 この辺りは遮蔽物のない平原が見渡す限り広がっている。


 大都市への通り道として利用される街道だからか、魔物も定期的に間引かれているだろうし、本来は平和そのもののはずだ。


 しかし、今現在ユリフィス達が乗る馬車は二十人近くの賊に襲われていた。


「……騎士様方を引き連れているこの馬車を襲うなんて、よっぽど腕に覚えのある盗賊なのでしょうか?」


 車内の中で、眉根を寄せたフリーシアが騎士達の様子を心配そうに見つめながら呟いた。


「……いくら実力に自信があろうと血統魔法を持つ貴族を襲うなんて真似は普通しないわ」


「そもそもヴィントホーク家が治めるアストライアに程近いこの街道上で賊に出会う事自体おかしい」


 三大公爵家の一角を占めるあの一族は帝国切っての武家として有名だ。

 普通の賊ならヴィントホークのお膝元ではなく、もっと力が劣る貴族が治める街付近で活動するはずだ。


「ガーランドも言っていたが、確かに武装の質は中々のものだ」


「……だとしたら、これは予め計画された襲撃というわけ?」


 ノエルがユリフィスに流し目を向けるが、


「……そうだな。だが、何故俺達がアストライアへ続く街道を通ると分かったのか」


 ユリフィスの瞳に冷たい輝きが宿る。


(まさかとは思うが……)


 暗い考えに囚われたユリフィスを、現実に引き戻す声が耳に届く。


「狙われてるのってユリフィスなのかな?」


 マリーベルが首を傾げて尋ねる。


 その疑問に答える前に、ユリフィスの瞳にガーランドが賊の胸元を剣で斬り裂いた場面が飛び込んできた。

 衣服の切れ目から血に塗れた素肌が見える。


 胸元に、黒い蛇の刺青が確認できた。


「……いや、違うな。恐らく狙いは……」


 ユリフィスは馬車の中から<灰魔鋼グレイ・メタル>を使い、外に灰色の剣を創り出してガーランドが斬った賊に向けて射出する。


 そして放った魔法の結果を見る前にユリフィスは窓を開けて、


「騎士達に離れるよう命令を」


「……了解した」


 ガーランドに端的に指示を出し、それを了承した彼はすぐに騎士達に退避するよう命じた。


「……戦わないんじゃなかったの?」


「……俺自身は戦ってない。俺の魔法が戦った」


「……いや、戦ってるじゃん」


 真顔で指摘するマリーベルに、ユリフィスは無言のままゆっくりと目線を逸らす。

 そんな彼に対して、ノエルは前髪を弄りながら、


「……そんな事をしなくとも、あの程度の連中なら私の兄妹達に任せれば安心よ」


「いや、油断するなよ」


 ユリフィスは無表情のまま窓の外に視線を固定した。

 灰色の剣を刺し貫かれた賊の身体が、不自然に膨張していく。


「フリーシア、結界を」


「……かしこまりました」


 フリーシアが祈るように両手を合わせて瞳を閉じる。


 その数秒後、人間の身体がまるで爆弾のように盛大に爆発した。


 半球状の結界は馬車の周囲に展開され、騎士達の避難は幸い間に合った為、全員傷は負っていない。


 だが、結界の外は地獄と化している。


 一人が爆発した事をきっかけに、次々と賊の身体が誘爆していく。


「な、何これ……」


「……人の命を……こんな……」


 あまりの光景に言葉を失ったマリーベルと、唇を噛み締めて視線を逸らすフリーシア。


「彼らは【影蛇】。帝国一の暗殺組織だ」

 

 ユリフィスは眦鋭く灼熱に染まる平原を見つめる。


 原作でも【影蛇】は主人公パーティ襲撃時にこうした特攻を平気でしてきた連中だ。

 

 その事前知識のおかげで、何とか護衛の騎士達に先んじて注意を促す事ができた。


「……【影蛇】。フォードの街でエルバン伯爵家の先代当主様からお話を聞きましたが……彼らの狙いは私なのでしょうか」


「その可能性が高いな」


「……あの悪名高い頭のネジがいかれた連中に狙われるなんてね。蛇はしつこいわよ?」


「みたいだな」


 爆発が止み、辺りには肉片が飛び散った悲惨な焼死体が並んでいる。

 そんな中、馬車の前方から数十人規模の賊の増援が駆けて来た。


 恐らくは第一陣で護衛を壊滅させ、第二陣で邪魔なユリフィスを仕留める作戦だったのだろう。


 結界魔法を持つフリーシアだけは助かると踏んで。


「――だが、こちらにもどうやら援軍のようだ」


 それはまるで黒い雨のようだった。


 近付いてくる暗殺者達の脳天に、次々と黒い矢が突き刺さっていく。

 深々と刺さった矢は、一本一本が致命傷となって確実に暗殺者の命を奪う。


 例外なく、全員の脳天に寸分の狂いなく突き刺さるその黒い矢は、数舜もすればかき消えていく。


 つまり魔法で造られた矢なのだ。


「……当主自らとは」


 黒い鷲が家紋として描かれた豪華な馬車がゆっくり近づいてくるのが遠目から確認できた。


 二頭の軍馬に引かれたその馬車の屋根上には、一人の青年が弓を持ちながら胡坐をかいて座っている。


 


 



 

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