第54話




 耳障りな悲鳴が石畳が敷き詰められた空間に響いていた。


 スペルディア侯爵の地下研究所、その奥には牢獄が広がっている。

 元は合成魔獣キマイラ達を収容していたそこに、ユリフィスは足を踏み入れた。


 鉄格子の中にいるのは、侯爵の部下であるホビン子爵を筆頭としたその他の貴族達である。


 ユリフィスは尋問役の魔人兵――瞳が複眼になっている糸使いのレインに尋ねた。


「情報を吐いたか?」


「はい。拷問する前に」


 淡々とした様子のレインから視線を切り、ユリフィスは牢の中でぐったりしているホビン子爵を眺める。

 彼は半裸の状態で転がされており、両手の爪を剥がされ、更に右足は膝から下が斬り落とされていた。


「その割には拷問した痕があるが」


「……これは私怨です。不快にお思いなら、この身を如何様に処分してくださっても構いません」


「どうでもいい。そんな事で俺が咎めるとでも思うか?」


 鷹揚に手を振ってユリフィスは話題を変えた。


「……それよりも情報だ」


 ホビン子爵の左手の甲には魔石が埋め込まれている。

 スペルディア侯爵は複数の魔石を人体に埋め込んでいたが、彼らは魔人兵達とは違ってシセンの粉を使用していないらしいのだ。


 つまり魔石を埋め込んだ代償である激痛をどういうわけか克服している。


 その理由を知るべく、ユリフィスは貴族達を捕えて尋問させていた。


「……簡単な事だったようです。人体に異物を埋め込むから拒否反応が出る。だから人体という器をより魔物に近付ければその力は異物ではなくなる。つまりもっと多くの部位を取り入れればいい」


「……なるほど、侯爵は確かに人族ではなくもはや魔物そのものだった。魔石以外にもあらゆる部位を移植していたと?」

 

「骨や筋肉、臓器まで」


「……」


「我々魔人兵はわざと中途半端な改造にとどめられ、シセンの粉を使って服従を強いられていたわけです」


「……そうか」

 

 私怨だと無表情で告げたレインの気持ちに納得がいったユリフィスは下手な同情はせずに腕組みをして考え込んだ。


「侯爵が死んだ今、その手段は取れない。そもそもノエルは嫌がるだろうし」


 シセンの粉はヨルムンガンドから採れるが、かと言っていつまでもアレに頼っていたら身体がボロボロになる。

 何とかして別な方法を探るべきだ。


「……殿下なら我々がどんな姿になってもきっと人族だと認めてくれる。俺は受けてもいいですが」


「……ホビン子爵は侯爵の部下だったんだろう。コイツは手術できないのか?」


「……基本的に、この城に集まっている貴族達は侯爵の考えに賛同し、不老へ至るための研究資金を提供している協力者にすぎません。手術は全て侯爵一人でこなしていました」


「……では痛みを克服する別な方法はないのか?」


「ありますが、こちらは今すぐにどうこうの話ではないようです」


 意外にも肯定したレインにユリフィスは一瞬目を丸くする。


「……聞かせろ」


「分かりました」


 レインがホビン子爵から聞き出した内容は非常に有益だった。


 より身体を魔物に近付けるといった手法が取れない場合の対処法。

 それは魔物の力という異物に、身体が耐えられるまで強化すれば良いという事だった。

 つまりレベルアップだ。


 より高レベルになればなるほど、身体にかかる負荷は小さくなる。


「……耐えられるような身体が出来上がるまで、やはりシセンの粉を服用し続けるしかないのでは?」


「……いや、待て。身体を強化すればいいんだろ?」


 ユリフィスは内心笑みを浮かべる。


「常時大量の魔力を肉体に流して身体強化を発動していればどうだ?」


「……現実的ではないですね。身体強化を常時発動し続ける程の魔力なんて我々にはありません」


「いや、俺が持っていればいいんだよ」


「……はい?」


 肩の荷が下りた、そんな気分だった。

 ユリフィスは牢部屋から背を向け、


「――玉座の間に全魔人兵を集めてくれ。忠誠の儀を執り行う」


「……りょ、了解いたしました」


 片膝をついて頭を垂れたレインを他所に、マントを翻したユリフィスは上階へ続く階段へと足を向ける。


 これで忠誠を誓わない者は、シセンの粉を服用し続けるか、身体を蝕む激痛と戦うかの二択になる。


(――支配者が死んでも、新たな支配者に取って変わられるだけ)


 魔人兵達は、どこまでいっても支配される。

 それでも、ユリフィスは彼らにとって少しでもマシな主になりたいと思っている。


 酷使するつもりはない。自らが進んで貢献したいと、そう思わせる人物でありたいと願っている。


(――魔法都市で得たものは大きい)


 原作にはない武力を手に入れた。


 二人目の【覇道六鬼将】も無事仲間にした。


 残るは四人だ。


 ユリフィスは前を向き、唇を舐めながら拳を硬く握りしめた。


 次は武の名家、剣の名門として知られる公爵家に生まれ落ちた弓術の天才を迎えに行く。

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