第53話


 


「――というのが、この魔法都市であった今までの一部始終だ」


 スペルディア侯爵の居城。


 その人気のない廊下の一角で、壁に背を預けて一人の青年が頭を抱えている。

 恰好から推測するに、正体はブランニウル公が第三皇子の為に用意した護衛部隊に所属する騎士の一人である。


 彼は懐から拳大の水晶を取り出し、首を左右に振って人目がない事を確認してから口を開いた。


「……奴は本当に帝国の玉座を取るつもりだ。魔法都市を手中に収め、今では我が物顔で玉座に座ってる」


 魔法都市アルヴァン。


 その名ばかりの都市を治める貴族が死んで、既に一週間が経過していた。

 都市内部では、新たな支配者に君臨した者を歓迎する雰囲気が漂っている。


『――グライス。どんな報告だろうと、お前は皇子に負けて任務を失敗した。それは紛れもない事実だぞ?』


 しわがれた老人の声が水晶から返ってくる。


「……別に言い訳なんかするつもりはねえさ。だが、少なくとも本国に今すぐ【世界を正す者達スティグマ】を何人か戻した方が良いぞ」


『何を言う。我がカノン教国の防衛は完璧だ。いくら力をつけたとしても、帝国の皇子が表立って攻めてくるとでも言うのか?』


 魔法都市の戦力を手中に収め、それで調子に乗って他国に攻めてくるとしたら途方もない馬鹿だと老人は言う。

 

「いいや、違うんだよ教皇。攻めてくるのは皇子じゃねえ、魔物だ」


『……何?』


「太古の大昔、存在した――さっきも話したヨルムンガンドと呼ばれる超巨大魔物だ」


『……どういう事だ。話を聞く分に、竜と化した皇子のブレスで灰になったと聞いたが』


「侯爵の娘の一人に、死体から死霊アンデッドを生み出せる奴がいるんだ。そいつは、皇子に忠誠を誓った事でヴァンフレイム家の血統魔法の恩恵を得てる」


『……魔力の共有化か。厄介な』


 騎士は廊下の端に寄り、備え付けられた窓から眼下に見える光景に鳥肌を立てた。


 そこには、島と見紛う程の大きさの白骨化した大蛇が佇んでいる。


 灰と化したはずのそれの眼窩には、ぼんやりとした紅い光が宿っており、間違いなく生きていた。


「あんな化け物、使役するには侯爵の娘一人の力では無理だったんだ。だが、第三皇子が手を貸した途端、これだ。国を滅ぼせる程の体躯の化け物を膨大な魔力で強引に死霊アンデッドとして蘇らせちまった」


『……その魔物を使って我がカノンに攻め込んでくると?』


「ああ。他にも侯爵が研究の仮定で生み出した合成魔獣キマイラと呼んでる奇怪な魔物達も一緒にな」


『……推定の強さは』


「少なくとも、あの骨の大蛇――ヨルムンガンドとは勝負にすらならねえよ」


『……そこまでか』


 老人が驚きの気配を滲ませる。

 騎士は頭を振って肩を落とした。


「俺の槍でいくら貫こうと、あの大きさだけに与えられるダメージは微々たるもんだろう。その間に首都を滅茶苦茶にされたらそれで終わりだ。戦いにすらならんね」


『……では本国にある対魔物用の兵器を駆使すれば何とかなるか?』


「それはなるだろうが。人が相手するには何せでかすぎる」


 騎士は続ける。


 虚空を見つめるその眼にはどこか力が入っていなかった。


「一番怖いのは、そいつらは捨て駒だって事だ」


『それだけの戦力が捨て駒だと?』


 騎士は頷きながら深く鼻息を落とす。


「皇子にしてみれば、侯爵のお気に入り――ノエルという娘がいる限り魔物の方はいつでも再利用できるという腹積もりなんだろう。だが、死霊アンデッドはは命令された事しかできない。だからこそ、皇子は侯爵が魔物の部位を移植して造り上げた魔人兵を全員生かした」


『……』


「彼らも皇子に忠誠を誓って膨大な魔力を手に入れたようだ。一人一人が下位の【世界を正す者達スティグマ】に匹敵するレベルだぞ」


『……隙を見て、皇子を暗殺できないか?』


「やれと言われればやるが、恐らく失敗するぞ。四六時中、数人の魔人兵が護衛として張り付いている」


 加えて、その皇子本人が竜種の血を引いた凄まじく強い戦士なのだから、もし気付かれたらそこが死に場所になってしまうだろう。


『……ならば帝国側にもこの情報を提供し、協力して動いた方がいいな。とは言え、あちらはあちらで動いているようだ。まあ皇子よりも、その婚約者殿の方に第一皇子はご執心だが』


「……都市丸ごと鉄壁の結界に包み込めれば確かに魔物を警戒してわざわざ高い街壁を築きあげなくても良くなるが……」


 騎士は僅かに言い淀む。


「その為にあの美しい姫に惨い事を強制させるなんざ、俺は反対だがね」


『……貴様は、人族には優しいな。だがこれも人類の平和の為だ』


「何が人類だ。第一皇子は、恐らく自国で独占するぞ」


 騎士は半眼でツッコミを入れながらぼやいた。


「――まあいい。ともかく俺はこのまま潜入を続ける。逐一情報を提供していくから、サポートよろしく」


『分かった。汚らわしい半魔の皇子が皇帝になるなど、そんな事は何としても阻止しなくてはな』


 その言葉を最後に、水晶の明滅は止まる。

 騎士は水晶を懐に仕舞いながら、何食わぬ顔で城の回廊を歩き始めた。

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