第52話



 身の毛もよだつ咆哮が天に轟いた。


 城の一角が崩壊して、それは姿を現した。

 純白の鱗は金属製の鎧のように光を反射している。


 広げた翼は城を優に包み込める程の大きさを誇っていた。


 どこか爬虫類を思わせる顔。鋭利な牙が生えた強靭な顎を持ち、純白の鬣を携えている。


 鬣付近からは王冠のような四つの捻じれた角が生え、それは左右で色が違う。


 全長は恐らく数百メートルにも及ぶ。

 スペルディア侯爵の居城を優に超える程の大きさである。


 黒と白の相反する角を持った魔物の王、ドラゴンは辺りを睥睨しながら背にある一対の翼をはためかせた。


 それだけで竜に近付きつつあった合成魔獣キマイラ達を全て吹き飛ばした。


 そして竜はもう一度翼をはためかせ、大きく飛び上がって城を離れていく。


「なんて美しい姿……」


 その光景に見入っていたノエルは、地下研究所の天井に空いた大穴から降りてきた数人の魔人兵達に視線を移した。


「――なんだ、あの竜は……何がどうなっているんだ、ノエルッ!?」


 蜂の魔物、キラービーの羽を移植されている兄の一人が叫ぶ。


「姉さん。本当に裏切ったんですか、父を」


 額に紅く輝く第三の眼を移植された妹の一人も眉根を寄せて尋ねてくる。

 他にも、続々と魔人兵が集まってきた。


 皆、例外なく人族からかけ離れた姿だ。


「……そう、裏切った。私たちをこんな姿にした男に従っていた今までがあり得ない事だった」


「……仕方がないだろ。父に逆らえば俺達は今のお前のように禁断症状に苦しみながら、全身を蝕む激痛によって正気を失う」


 頭から角が生えている横に広い体格の兄が苦悩を滲ませながら答える。


「そうね。だからこそ従ってきた。生きる為に仕方なく。けれど、もういいの」


 ノエルは自分の背後にある物を指差した。


 それは真っ二つに裂かれた侯爵の炭化した死体である。

 魔人兵達が息を呑んだ。


「追い詰められて……肉体を捨てたのか」


 信じられないと言わんばかりに、皆が驚いている。

 

 兄弟達の気持ちが、ノエルには手に取るように分かった。


「私を裏切り者として処理する前に、この戦いを最後まで見て」


 ノエルは眼を閉じながら耳を澄ませた。


 猛々しい咆哮と、ノイズが混じった気色悪い咆哮がぶつかり合っている。


「――彼は私たちを人族だと認めてくれる。私は彼の大いなる夢の為に尽くすと決めたわ。そうすればきっと、私たちは日の当たるところを堂々と歩けるようになれる」

 

 




 

*   *   *







 雄大な翼を広げて空を飛ぶ白竜が、眼下にいる化け物を視界に捉えた。


 骨の大蛇が魔法都市の大地を這いずっている。

 その大きさは白竜を超えていた。


 移動するだけで、全てを破壊する勢いだ。

 巨大すぎる体躯のせいもあるが、ヨルムンガンドが通った大地は漏れなく植物が枯れて死滅している。


 それが都市国家をたった一体で滅ぼした厄災の固有の能力なのだろう。


 白竜は瞳を細めながら、大きく口を開けた。


 牙が覗く口元から白い炎が生まれる。

 一拍置いて、その白炎が光線となってヨルムンガンド目掛けて放たれた。


 ブレス攻撃は、竜種にとっての代名詞。


 ヨルムンガンドはその巨大すぎる体躯が邪魔をして、ブレス攻撃の全てを避ける事はできなかった。器用に身体をくねらせていたヨルムンガンドの身体にブレスが掠った。


 その瞬間、燃焼という過程をすっ飛ばして骨の一部が灰と化した。


『この力……灰の女王と同じだと……?」

 

 ノイズが混じった不快な声が響く。


 その言葉を他所に、白竜は地面に降り立った。

 土煙を撒き散らしながら、突如として大地から生えた巨大なの柄を引き抜いて構える。


 竜の姿でありながら、一端の剣士のような姿にヨルムンガンドは紅い瞳を怪し気に明滅させた。


『……魔法も使えるとは』


『お前は使えないんだろう?』


 白竜は嘲るように言う。

 侯爵の場合、ヨルムンガンドの肉体に精神体を憑依させているだけなので、血統魔法も他の魔物の能力も使えなくなっている。


 つまりこの姿で敗北したら、侯爵は本当の意味で死ぬ。


『使わずとも勝てるのさ』


 ヨルムンガンドが大きく口を開けて、そのまま白竜目掛けて食らいついてくる。


 白竜は白骨化した大蛇の口にある尖った牙に対して灰色の大剣をぶつけて弾いた。


 衝撃でヨルムンガンドの頭部が地面に叩きつけられる。


 その頭部を白竜が勢いよく踏みつけると、大地が沈み込んで割れ始めた。

 超巨大な魔物同士の決戦は、破壊の規模が大きすぎる為、先に魔法都市が持たない可能性もある。


 短期決戦を目指す為に、白竜は攻勢に出ようとするが、


『これならどうだいッ』


 頭を踏みつけられながら、ヨルムンガンドは長い肢体を活かして白竜の身体に巻き付いていく。


 締め付けられながらも、白竜は痛みを感じている様子は見せない。


 逆に<獅子王の光炎レオ・ブレイズ>を使って自分ごと燃やし、密着していたヨルムンガンドは溜まらず悲鳴を上げる。


『ぐッ……何故だ、ここまでして何故押されるッ』


 ヨルムンガンドは黒い霧を口から吐き出した。

 それは周囲の植物を枯らし、死滅させる死の息である。


 しかし、白竜は翼をはためかせて風を生み出し、ヨルムンガンドの息を吹き飛ばした。


『――終わりだ』


 虚空に灰色の剣がいくつも現れ、ヨルムンガンドの身体を大地に縫い留めるように貫いていく。


 魔法の威力も規模も、人型だった時とは比べ物にならないくらい上がっている。


『嘘だッ』


 ヨルムンガンドが嘆いた。


 白竜が大きく口を開ける。


『待ってくれッ、私は不老不死に――』


 放たれた白い炎が、全てを灰に変えていく。

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