第51話



 太古の大昔、都市国家アルタナを滅ぼした魔物、ヨルムンガンド。


 その姿は巨大過ぎる蛇だ。都市を丸ごと飲み込める程の白骨化した大蛇。

 もはや洞窟のような大きさの眼窩に、灯るはずのない紅い光が宿る。


 太古の魔獣は今、仮初の生を得たのだ。


『我が子供達に告ぐ。魔法都市内にいる第三皇子を殺せ。彼に従う者と裏切り者も全て処分せよ。合成魔獣キマイラも全て解放しろ』


 大地が震えている。その命令はノイズが混じった不気味な声音だったが、都市中に響いている。


「ど、どういたしますか、ユリフィス様」


 皆がユリフィスを一心に見つめている。


(国家を滅ぼせる程の超大型魔物か)


 原作にも、超大型魔物を討伐するエピソードはある。


 その時は主人公パーティだけではなく、ネームドからモブに当たるNPCまで多くのキャラが参加するレイドバトルが行われた。


 ただヨルムンガンドなんで存在は原作には出てこなかった。

 恐らくは侯爵がブレンダイア闘国に亡命する時、何らかの手段で死体も一緒に持って行ったのだろう。


 だから強さ自体は測れないが、少なくとも人型だった侯爵よりは強くなっているはずだ。


 とは言え、例えどれ程強くなろうとユリフィスは自分が負けるとは思わなかった。


「――俺も奥の手を使う」


 侯爵のは厳密には憑依だが――変身や巨大化が彼だけのものではない事を教えてやろう。


「……奥の手とは?」


 きょとんとした表情でフリーシアが尋ねる。


 ユリフィスは片目を閉じて、力強く拳を握りしめた。


「第三形態になるんだ。君たちには特別に俺の背中に乗る機会を与えよう。きっとそこが一番安全になる」


「そ、それって……」


 ごくりと生唾を飲み込んだマリーベルに、僅かに目を見張るフリーシア。

 そしてノエルがユリフィスをじっと見つめ、


「魔人兵たちの事は……私とレインで説得する。邪魔はさせない。だから、貴方は約束を果たして」


 話している間にも、地響きと地揺れが続いている。恐らくは向かってきているのだろう。

 超巨大な化け物が。


 だから、ユリフィスもなるのだ。


 同じような化け物に。理不尽の権化に。


「……もうここまで来たら、貴方を信じるしかない。貴方は……あの化け物を追い込んだ。人の姿を捨てさせた」


 ノエルはそう言って真っ二つになっている侯爵の炭化した死体を見下ろした。


「この死体を見せれば、きっと兄弟姉妹たちも希望を持てる。あの化け物を討てると信じられる」


「……俺は君との約束を行動を持って示す。だから、信じろとは言わない」


「……そう」


 安心したように、ノエルは穏やかに微笑んだ。

 再度ユリフィスは頷く。


 魔人兵達は必ず配下に加えたい。


 原作にはなかった力を得れば得る程、世界に打ち勝つ可能性が高まるのだから。


「――時間がない」


 地下研究所の天井から土埃が落ち始めている。

 やはりどんどん近付いているのだ。


「行くぞ。二人は俺に掴まれ」


「……一生忘れない体験になりそうッ」


 マリーベルはユリフィスの片腕を抱きしめるように勢いよくとびついてくる。


「……最後まで、貴方様の隣にいますから」

 

 フリーシアが恥ずかしそうに、控えめにマリーベルとは反対側の手を抱えた。

 それを確認したユリフィスが全身に力と魔力を込めながら、


「――第三形態、真の意味での竜化だ」


 瞬間、ユリフィスの身体から魔力が迸った。

 可視化するほどの濃密な魔力が、スパーク状になって周囲に放出される。


 身体を包み込んでいく竜の鱗。

 だが、変化は第二形態である人型にとどまらない。


 原作で最後に行われたレイドバトル。

 

 死力を尽くした総力戦、それは魔導帝ユリフィスが真の姿を露にした時である。


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