第50話



 初めてのパーティ戦闘と言うべきものをユリフィスは楽しんでいた。


 フリーシアが使う結界魔法によってマリーベルを庇う必要がないため、前衛に専念できる。

 マリーベルはまだまだ戦闘技術とレベルは低いが、流石は未来で英雄となるだけあって天性の才能には目を見張るものがある。


 そしてノエルは薬物による禁断症状に苦しみながらも、気力を振り絞って付与魔法を使いサポートしてくれる。


 状況は間違いなく優勢だ。


 侯爵だって身体を無限に再生できるわけじゃない。

 魔力が尽きるまで攻撃を続けるか、一撃で身体を消し飛ばせれば倒せる。


 しかし一抹の不安が脳裏を過った。


 ステータスを視れば、侯爵は五つの魔物の能力を宿している。

 まだ使っていない魔物の力を一つ残しているのだ。


「……ここが私の墓場になると?」


 侯爵は魔石が埋め込まれた個所を愛おしそうに撫でながら、ユリフィスに笑いかけた。


「私の全力はこんなものじゃない。ここからが私の本気だ」


 そして侯爵は傍で震えたまま立ち尽くす長子のギランに苛立ち、鋭く叱責した。


「いつまで呆けているつもりかな、ギラン。私の盾にもなれないというなら、君は子供たちの中で一番の役立たずだ」


「……も、申し訳ありません……皇子を見ると何故か身体が竦み上がってしまい――」


 失望の眼差しを色濃く向ける侯爵にギランは怯えながらも、闘志を振り絞って歯を剥いた。


 魔物の本能を、理性の力で捻じ伏せる。


「ですが、もう大丈夫です……!」


「ふむ、では皇子を一瞬で良い。少しの間足止めしろ」


「かしこまりました」


 そう告げた侯爵は瞳を閉じて集中し始めた。

 彼の前にはリザードマンの部位を移植された男、ギランが腰を低くして構えを取る。

 

 ユリフィスは表情を変えずに金色の炎を纏った剣を自然体で持ちながら鼻を鳴らした。


「そいつでは足止めにすらならんぞ」


「……一瞬でいいのさ。僅かな時間さえ稼げれば、どうとでもなる」

 

 集中し始めた侯爵の身体がユリフィスにはブレて見えた。


「……何だ?」


「いけ、ない……<憑依ポゼスト>を使われる前に早く決着を!」

 

 焦ったようなノエルの叫びに、条件反射でユリフィスは駆け出した。


(とりあえず何かする前に終わらせれば良いんだろ)


 竜化によるステータスの倍化と、更に魔力を全身に流す事で身体能力を強化する。


 属性剣に魔力を注いでいく。

 必殺の一撃を解放しようとするユリフィスの前に冷や汗を流しながらギランが立ちはだかる。


 しかし、


「……どけ」


 ユリフィスの蹴りがギランの脇腹に直撃する。

 骨を蹴り砕いた感触と共にそのまま吹き飛ばすため足を振りぬこうとするが、ギランはリザードマンの尻尾を支えにして地面に踏みとどまった。


 口から血を吐き、血走った眼でユリフィスを睨む。


「……ここは……通さない」


「……見上げた忠誠心だ。できれば俺に向けて欲しかった」


 ギランは鱗に包まれた拳を握って向かってくる。

 ユリフィスは彼の拳を躱しざまに膝蹴りを腹部に入れ、


「がッ!?」


 剣を握っている手とは逆の手でギランの首を掴み、虚空に向けて投げ捨てた。


(少し時間がかかった)


 研究室を包み込むフリーシアの結界にぶつかり、意識を失ったギランから視線を切り、ユリフィスは侯爵に視線を戻した。


 僅かだが、確かに時間は稼がれた。


 失態を取り戻そうとしたのか、執念が滲み出ていた。

 攻防はユリフィスの圧勝だったが、侯爵が得たものは大きい。


「……知っているかな、皇子殿下。上位魔霊ハイ・レイスという魔物は人や魔物に取り憑き、身体を自由に操作できる。まさか奥の手であるこの力を使う事になるとは――」

 

 言葉の途中、ユリフィスは剣を頭上に掲げた。

 膨大な魔力を注ぎ、巨大化した剣に黄金の炎を纏わせて侯爵の身体目掛けて一息に振り下ろした。


「――【炎霊巨剣スルト】」


 必殺の一撃は侯爵の身体を両断した。


 吹き出した血液が炎によって蒸発していく。 傷口から入り込んだ金の炎は次第に身体中を燃え上がらせ、再生させる余地などないよう激しく炎上する。


 しかしそれでも侯爵の声が聞こえなくなる事はない。


「……時には死体をも操れる。単体では強くないんだ。寄生して、乗っ取る事で真価を発揮する」 


 身体を焼かれながら、侯爵は続ける。


「見せてやろう、私の奥の手を。太古の伝説、一夜にして都市国家アルタナを滅ぼした魔獣の姿を」


 崩壊していく侯爵の身体から、まるで脱皮するように幽霊のような身体が透けている青白い霊体が飛び出した。

 ユリフィスはその霊体に向かって剣を振るが、するりと躱される。


 そのまま霊体となった侯爵は地面の下に沈んでいく。

 フリーシアの結界も地面の下までは覆えない。


「……何をする気なんだ、侯爵は」


 振り返ったユリフィスがノエルに尋ねると、彼女は蒼い顔で唇を震わせながら俯いた。


「……あのクソジジイ、今以上の化け物になる気よ」


「化け物?」


 既にこれ以上ないほどの化け物になっている。

 だが、不安なのはそこじゃない。


「……強くなるのか?」


「……どうなるかなんてわからない。でも、早く止めないと」


「……侯爵はどこに向かったのですか?」


 フリーシアの疑問にノエルは虚空を見据えて告げた。


「魔法都市内部にある古代遺跡。あそこにはかつて一国を滅ぼした化け物の白骨死体があるの」


「それに乗り移るわけか」


 ユリフィスが頷き、すぐに地上へ行こうと結論を出した直後、凄まじいまでの地震が起きた。


 唐突で激しい横揺れに、


「ユ、ユリフィス様ッ」


「ふあッ」


 ユリフィスはバランスを失い、転倒しそうになるフリーシアとマリーベルの柔らかい身体を抱き留める。


 だが、その感触に照れる様子は一切見せず、真剣な表情を崩さない。

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