幕間



 帝国の東端、そこに広がる禁則地と呼ばれる超危険区域【冥界の森】を抜けた先には一つの街がある。


 日夜戦争が繰り広げられているためか、街並みは酷く荒れ果て、廃墟と化した建物や崩れた瓦礫が散乱している。


 無法都市ヴァーミリオン。


 犯罪者たちの楽園。危険すぎて、騎士団も放置しているこの場所には帝国内だけにとどまらず、世界の嫌われ者達が集まってくる。


 そんな無法者の街にもルールがある。


 街を支配する二大組織【黒の軍団ブラック・レギオン】と【|紅血の霧《レッド・ミスト】。それぞれ黒の塔と紅の城を本拠地とする大組織である。


 街にやってきた者は必ずどちらかに属し、どちらかの王に忠誠を誓わなければならない。


 二大組織の均衡は、無法都市を築き上げた瞬間から崩れた事はない。


 【黒の軍団ブラック・レギオン】はとにかく質より量と言わんばかりに人員が多い。

 性別や種族、犯罪歴による線引きはなく、とにかく多くの組員を集める【黒の軍団】とは対照的に、【紅血の霧レッド・ミスト】は一騎当千の猛者を選り好んで集める少数精鋭の組織だ。


 街の西側を治める【黒の軍団】と、東側を治める【紅血の霧】。今までこの二つの組織への入団を拒否した者達はいずれも二度と目覚める事はなかった。


 それは無法都市の絶対の掟


 しかし、一人の半魔の青年が街に訪れた事で、例外が起きた。


「――カノン教国に超巨大魔物出現ねえ……」


 頭から角が生えた野性的な顔立ちの青年が拳から血を滴らせながら背後を振り返った。


「そんで?」


 建物同士に挟まれた狭い路地裏にいる青年の後ろには、尻もちをついて後ずさる【黒の軍団】所属の組員がいた。


「……ひっ、な、何でもカノンの首都に住む住民達の多くが避難を開始したって……そ、それが外の世界で起きてる大ニュースなんだと」


「はあ、カノンってのは確か……」


「――神正教の総本山よ。あんた、自分が狙われてる組織の基礎知識くらいは頭に入れておきなさいよね」

 

 赤髪ポニーテールの童顔の美少女が、青年の隣にひょこりと並ぶ。


 彼は片眉を上げ、相槌を打ちながら、


「……教会の本拠地を襲撃する魔物か。アイツが関係してるのか知りてえな」


「流石にあの方でも魔物を従える力はないと思うけど」


「……やっぱ下っ端じゃあこの程度か。外の世界のより詳しい情報を持ってる奴なんざレギオンのトップ辺りだろ?」


 【黒の軍団ブラック・レギオン】はその膨大な構成員を帝国の主要都市――帝都の闇組織などに派遣して裏社会を影から支配しようとしている。


 外との交流があるという点では、【黒の軍団】と【紅血の霧】は比較にならない。


「……あんた一人じゃ危険よ。そもそもブラストが戦ってる間、誰があたしを守るのよ」


「……お前、何でついてきたんだよ」


 半魔の青年――ブラストと彼の恋人であるレイサは呑気に話し込んでいる。そうしている間に、この場に複数の足音が近付いてきた。


 【黒の軍団】――通称レギオン所属の男は、口角を上げて立ち上がった。


「……お前ら、もう逃げられねえぞ。来たのはレギオンの幹部たちだ。いつまでも俺達の勧誘を断り続けるからこういう事になるんだッ」


 ブラストはその男の腹に蹴りを入れながら、


「誰がいつ逃げたんだ。俺は逃げた事なんざねえぞ。来る奴を片っ端からぶん殴ってるだろうが」


「……もう聞いちゃいないわ。気絶してる」


 レイサがちょんちょんと指で男の身体を突きながらブラストに視線を向ける。


 「――半魔の男、お前だな」


 そうこうしている内に駆けつけたのは総勢二十名以上にも及ぶ、格好にバラツキがある集団だった。

 中でも、下っ端らしき者達の前に立つ四名の気配は別格だ。


 仮面を着け、黒い外套を羽織った男。


 瞳が紅く、爪が鋭利に伸びた女。


 刺青を顔と身体中に入れ、ナイフを舌で舐めながら不気味に笑う長髪の男。


 上半身裸で、筋骨隆々の老人。


「レギオンってのは数だけの組織なんだろ?」


 レギオンの幹部達を前に、ブラストが舐めた態度で尋ねる。


「……あたしたちがただの兵隊だと思っているのかしら?」


 ナイフを舌で舐めていた長髪の男が奇妙な口調で答える。


「お前なら幹部待遇で迎えるとボスは仰せだ」


 仮面を着けた男が硬い声で告げた。


「……幹部ねえ」


 ブラストは腕組みをしながら考え込む。


「それはボスとやらの下につくって事だろ?」


「当たり前だろう」


「ならお断りだ」


 ブラストは即答した。

 例え一時でも、誰かの下につく事はプライドが許さない。


 既に自分には無二の王がいるのだから。


「嘘でもついてさ、組織に潜入すればいいんじゃないの?」

 

 レイサが小声で耳打ちしてくる。

 だが、ブラストは笑みを浮かべながら、


「めんどくせえよ。とりあえず向かってくる奴ら全員倒せばトップに立てんだろ」


「……の、脳筋……」


 鼻を鳴らしながらブラストはレギオンの幹部陣に向き直る。


「てめえらを含めたボスが俺の下につくなら、レギオンとやらに入ってやってもいい。どうだ?」


「お前馬鹿かよッ。この状況でそんな冗談言えるとか根性あるなぁ」


 男勝りな口調で半魔の女性が口笛を吹く。


「……悪い事は言わん。ここにいる面々は各国の騎士団でも捕らえられなかった重犯罪者達じゃ。殊更に誇るつもりはないが、儂もあの帝国一の精鋭と名高い魔法騎士団員を十名殺しておる。大人しく我々の仲間になるのじゃ」


 裏打ちされた自信が、老人に余裕を醸し出させているのだろう。


 だが、ブラストは首を捻った。

 それはすごい事なのかどうなのか、いまいち分からないのだ。


「というかおじいちゃん、何で服着てないの?」


 レイサが素朴な疑問を口にした。


「……レイサ、とりあえず後ろに下がってろ。その答えは半殺しにしてからゆっくり聞き出してやるから」


「い、いや、そこまでして知りたいわけじゃないからッ」


 欠伸を噛み殺しながら、ブラストは自然体で佇む。

 彼の背に隠れたレイサがレギオンの面々を挑発するように舌をべっと可愛らしく出した。


「固有魔法<灰魔鋼グレイ・メタル>」


 ブラストの拳が灰色の手甲に覆われる。


 魔法の行使に、レギオンの組員たちがざわついた。

 幹部の一人である爪が鋭利に伸びた女の半魔が眼を見開きながら後ずさる。


「お前それ……魔法、なのか……」


「あ? そうだが」


「何で半魔が……半魔が神から魔法を……? 英雄になれるのか、オレ達も……」


 ぶつぶつと何やら一人の世界に浸っている女から視線を切り、ブラストは半眼で自身の胸を叩いた。


「――面倒だから一斉にかかってこい」


 たった一人で無法都市を治める二大組織の傍らに真っ向から喧嘩を売る半魔の青年ブラスト。


 彼の身体から膨大な魔力が放たれ、より魔物の大鬼へ近付いていく。

 

 その強大な気配に、レギオンの下っ端は尻もちをつき、幹部陣も気圧されたように動けなくなった。


「怖いからって逃げるんじゃねえぞ、雑魚ども」


 ブラストが牙を剥きながら不敵に笑った。

 一方的な戦いが、始まる。







 ――――――――――――――――――――――――――


あとがき。


ここまでお読みいただきありがとうございます。これにて二章は終了となります。


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