第47話





 魔法都市アルヴァン。


 天空に浮かぶその街は、かつては地上にあった。

 古代遺跡から発掘されたいくつかの魔道具は、今の技術では決して再現できない高度なものだった。

 

 だからこその魔法都市だったが、それを利用してスペルディア侯爵は帝国に無断で都市を天空へと飛ばした。


 その結果、侯爵は誰にも干渉されない完全なる自治権を手に入れてしまった。

 

 多くの学者たちで賑わっていた街中は、今では人の気配が全くない。侯爵の研究の為に、領民のほとんどが犠牲となった。

 

 都市とはもはや名ばかりのものだ。


 古代遺跡アルタナを囲むように、スペルディア侯爵の古ぼけた居城と彼の研究施設である球状の建物がいくつかあるだけの寂しい場所である。


 そんな魔法都市に合成魔獣キマイラの背に乗って、帝国の第三皇子一行が降り立った。

 皇子は着いてすぐ、侯爵の読み通り会談の申し込みをしてきた。


「……合成魔獣を意のままに操る力を見て、眼が眩んだかな?」


 既に城にある応接間にて、客人達は待っている。

 侯爵は廊下を歩きながら、自らの長子であり、初めての魔人兵――リザードマンの魔石や皮膚、尻尾を移植したギランに尋ねた。


「父様を味方にすれば、あの魔獣達を意のままに操れる。味方が少ない第三皇子は是が非でも我々を取り込みたいらしいですね」


「呑気なものだね。もう二度とこの城から出られないというのに」


 侯爵はくすりと優し気に笑った。


 外見からは皇子は普通の人族に見えるらしい。

 だとしたら、中身を切り開いて見るしかない。


「……皇子の様子はどうだい?」


「案内役となっているレインの話では、調


「一般的な半魔やハーフと同じように、身体に欠陥を患っているわけだね。噂はやはり本当のようだ」


 そんな状態で、よくここまで来たものだと侯爵は感心する。

 加えて、身体的なハンデを抱えた半魔の第三皇子を宰相が公に支援しているのが不思議で、僅かばかりの疑念が過った。


 とは言え、侯爵はもはや帝国の内情に興味がない。


 カノン教国と同盟を組んだ今の帝国に近付きたくはないのだ。


「いずれブレンダイアに亡命するとしよう。あそこは他種族と常に戦争している国家だ。戦争には兵器が入るだろうからね」


「……どこまでもお供いたします」


 そう言ってギランは頭を下げた。


 侯爵は鷹揚に自らの長子を眺め、瞳を細めた。

 ギランは力の信奉者だ。


 他の子どもたちはシセンの粉に依存させる事で無理やり駒として手元に置いている。だが彼は違う。


 人の身を捨てた事で、大きな力を得た。


 それを純粋に喜び、力を与えてくれた父に感謝している。

 だからこそ、彼は侯爵に負の感情を一片も抱いていない唯一の人造魔人族だった。


「……護衛の騎士共は適当な理由を付けて同席させていません。中にいるのは父様が興味を惹かれている第三皇子と、彼が信を置く数名のみです」


 おかげでこうして命令していなくても、自発的に考えて動いてくれる。


「それから警戒を解く為にホビン子爵に協力してもらっているところです。我々魔人兵ばかりに囲まれていては、あちらも警戒するでしょうから」


「ありがとう、ギラン。ご苦労様」


 礼を言うと、僅かに嬉しそうに尻尾を揺らして頭を下げる長子に侯爵はふと無表情になる。


(そう。考えて動ける。それだけだ、お前は。能力は凡庸で大して役に立たない)


 父が自分をそんな風に評しているとは知らないギランは、歩を進めながら耳を澄ませて、


「……滅多に来ない客人が来た事で、ホビン子爵は少々張り切っている様子」


「……確かにそのようだね」

 

 応接間に近付くにつれ、中からホビン子爵の大きな声が耳に届き始めた。


「――殿下、半魔を否定する愚かな中央の貴族たちの元から逃げて正解でしたよ!」


「……」

 

「魔物の力は我々崇高な血筋の者には欠かせないものとなりますッ、それを今の貴族たちはこれっぽっちも理解していません!」


「……」


「私はね、殿下! 侯爵に驚くべきことを言われてショックを受けたんです!」

 

 部屋の外にいても優に聞こえる大声に侯爵はため息を吐きながら、自らドアノブを回して扉を開けた。


「おお! 侯爵閣下! やっとおいでくださいましたか!」


 スペルディア侯爵は久しぶりに応接間へと入室した事に少し感慨深くなった。


 そこは古ぼけた城の外装からは似つかわしくない豪奢な部屋である。

 数点壁にかけられた絵画を背景にして、中央の卓を囲むように金の装飾が付いた椅子が並べられている。


 天井にはシャンデリアがあり、壁際に置かれた台の上には美麗な花が飾られていた。


 椅子に座っているのは、白と黒の相反する髪を持つ中性的な容姿の少年だ。マントを羽織り、豪華な衣服を身に纏う彼が帝国の第三皇子だろう。


 そして彼の隣に寄り添うように座る銀髪の美少女が婚約者である隣国の姫君に違いない。


 彼ら二人の背後に控えているのは、珍しい事にドワーフ族とのハーフであろう褐色の肌をしたメイドだった。


 彼ら三人の対面に座る中年小太りのホビン子爵は背後にレインを控えさせた状態でやってきた侯爵を出迎えた。


 駆け寄ろうとする子爵を制したスペルディア侯爵は、


「少し声を抑えてもらいたいね、ホビン子爵。扉の外まで聞こえていたよ」

 

 口に人差し指を当てながらそれとなく注意する。

 それから侯爵はゆっくりと皇子の方に向き直って、


「ようこそ、魔法都市へ。第三皇子殿下」


 百歳を超えるはずの侯爵は、年齢を感じさせない優雅な礼をして優し気な笑みを浮かべた。


「ああ、貴方が……スペルディア侯爵か」


 第三皇子は侯爵に挨拶を返す為に椅子から立ち上がろうとした。

 だが、その瞬間、ふらりとよろめいて傍仕えと婚約者の両方に支えられる。


「み、見苦しくて済まない……げほッ」


 溺れるように空気を求めて激しく咳き込む皇子の様子に、侯爵は内心ほくそ笑む。


 心配そうに眉根を寄せる演技をしながら侯爵は告げた。


「会談前に、皇子殿下。少々提案があるのですが……」


「き、聞こう」


 絶え絶えの息で、皇子が侯爵を見つめた。


「――私に診察させてもらえませんか? 見て分かる通り、私は魔物の研究者であると同時に、それを人体に融合させてきた。それは医術の知識も持ち合わせていなければできない事です」


「……」


「私なら貴方の身体を診て、もしかしたらその体質を治す事ができるかもしれません」


「それは本当か?」


 希望に縋るように、無表情ながら皇子が一歩侯爵に近付いた。


「勿論、初めて会った私の事など、信用できな――」


「い、いや……可能なら是非してもらいたい」


 必死な様子の第三皇子に、鷹揚に頷き返した侯爵はニコニコと好好爺の笑みを浮かべて見せた。

 だが、その内心は冷え切っている。

 

 間近で皇子の容姿を観察してもまるで母親の種族が分からない。


 だが瞳は魔物の紅いそれだ。間違いなく彼は侯爵が知らない未知の魔物を親としている。


(それを知りたい……ふふっ、私が必ず解き明かしてみせる)


 互いに本性を隠したままの邂逅。


 自分が謀っている側で、謀られているとは侯爵は思いもしない。

 その滑稽な姿を第三皇子はじっと見つめていた。

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