第46話



 作戦を詰め終わったユリフィスは、魔法都市に向けて出発する為に切り株から立ち上がった。


 それとほぼ同時に、木々の間からガーランドを先頭に護衛役の騎士達がやってきた。


 どうやら遠目からユリフィスが使った<獅子王の光炎レオ・ブレイズ>>を見て、激しい戦闘の真っ最中だと考え心配して来たらしい。


 果たして本当に自国の皇子を心配してきたのか定かではない。


 だがユリフィスとしては侯爵に会う上で騎士がいた方が見栄えは良いので、合流できた事は僥倖だ。


 騎士達はユリフィスの傍に佇む見るからに異形な容姿のレインを見て、剣の柄に手を置いた。

 若干不穏な気配が流れたが、ユリフィスと普通に会話する姿を見て、徐々に困惑の面持ちとなっていく。


「――野草を取りに行ったはずでは? どうしてこのような事に」


 ガーランドが若干、責めるような眼差しを向けてくる。


 周囲は焼け野原、何故か見知らぬ少年と苦し気に息を吐く美少女を傍に置くこの状況をどうやって作り上げたのか、皆目見当もつかない。


 バツが悪くなったユリフィスは頬を掻きながらこれまであった事を説明した。


「――なるほど。教会とスペルディア侯爵の争いに首を突っ込んだと」


 半ば呆れを感じさせたガーランドがユリフィスを見つめる。


「何か言いたい事があるなら聞くぞ?」


 仏頂面のユリフィスに、ガーランドは肩をすくめた。


「……護衛役としては、危険に自ら突っ込んでいく行為を窘める必要がある。だが、皇子は白天宮に十四年間も閉じ込められていた。好きに行動するのはその反動だと思って、納得するとしよう」


「……」


 物分かりが良くて助かる。


 ユリフィスとしては、未来の臣下であるノエルを助け出そうと思っての行動だ。


 だがそれは原作知識で彼女の危機を知っていたからで、その事情を知らない者達から見た第三皇子の姿は修羅場に嬉々として突っ込む戦闘狂のように見えているのかもしれない。


「――ではそろそろ向かいましょう、皇子殿下。竜人と言えど、空に昇るのは初めてでは?」


 レインが意味深に言う。


「そうだな」


 魔法都市が何故、森の中をいくら探しても見つからないのか。


 魔道具の力で透明化しているからと、レインはそう言った。


 それは正しい。

 だが、それだけが理由ではない。


 教会が幾度も戦力を送り込み、そのたびに都市の発見に至らなかった理由は明確である。


 都市がある場所は、この霧で覆われた迷いの樹海ではないのだ。


 レインが懐から取り出した拳大の水晶を口元に寄せ、何事か呟いた。

 誰かと会話しているようだ。


 ブラストは確かハーズの街にある教会で、ジゼルと誰かが水晶玉を通して話していたと言っていた。


 その結果、ジゼルを殺害した現場を見られたわけである。


 恐らく教会が保有するものと同じ魔道具なのだろう。

 数分間のやり取りを経て、ジゼルはユリフィス達を振り返って頷いて見せた。


 どうやら入場の許可が下りたらしい。


 決して断られる事はないと考えていた。


(俺の母親の種族だろ、興味があるのは)


 音もなく透明化が解除されていく。ようやく魔法都市の姿を肉眼で捉える事ができた。

 視線の先は遥か上空。


 


 魔法都市アルヴァン。古代遺跡を内包するあの街を誰も発見できなかった理由がこれだ。


「……み、見つからない、わけだね」


 マリーベルが引きつった顔で呟いた。


「……空に浮かぶ都市があるなんて……」


 フリーシアは驚きに目を丸くして、口をぽかんと開けた。


「ここからは全員、拘束させてもらいます。勿論、同行する騎士の方々も」


 ノエルを背負ったレインが、指の先から糸を次々と射出した。


 各自糸によって両手を縛られる。それからふとマリーベルがレインに尋ねた。


「レイン君レイン君」


「……また君付け」


 どこか戸惑いを感じさせたレインが応じる。


「何か」


「いや、何かじゃなくて。空にあるのは驚いたけど、どうやって行くの?」


「……」


 フリーシアが丸めた拳で手のひらをポンと叩いて、


「……ユリフィス様なら、わ、私を抱えながらでも力いっぱいジャンプすれば――」


「無理だな、流石に」


 竜人と化した状態で身体能力を限界まで強化しても届く距離ではない。


 魔法都市は森に伸びた木など比較にならない程の遥か上空に浮いているのだ。


「……レイン様、何かお考えがあるのでしょうか?」


「今度は様? 人じゃないのに……俺なんかに様付け?」


 動揺激しいレインの肩を、ノエルが弱々しく叩く。


「……あまり動かないで……身体に、響く」


「す、すまない。ノエル」


 そんな緊張感のないやり取りが繰り広げられる中、ユリフィスもどうするんだとレインに視線を向ける。


「……皇子殿下、ご安心を。もうすぐ迎えが来ます」

 

 彼が指を差した先の空にいくつかの黒い点が見えた。

 その点は徐々に大きくなり、どうやらこちらに近づいているようだ。


「……何だ、アレは」


 騎士の誰かが呟いた。


 魔物なのはわかる。

 だが、無理やり魔物同士をくっつけたような、不格好な姿形をしている。


 悪魔のような翼に、胴体は毛に覆われた獅子のような魔物のそれ。顔は感情を感じさせない無機質な瞳が特徴の蛇。


 二体目は二体目で別な魔物をくっつけたような見た目だ。


 顔は大鬼のもので、身体と羽は昆虫のような虫型の魔物のそれ。


合成魔獣キマイラか」


「……はい。アレの背に乗って都市へと向かいます」


「……」


 それぞれ乗せる者に対応するように、合成魔獣達が地面に降りていく。


 フリーシアの前にはふわふわした弾力のある粘性体スライムから天使のような翼が生えた合成魔獣キマイラで、マリーベルの方は獅子の顔に猛禽類の翼をくっつけたような合成魔獣だ。


 フリーシアの方はどこか可愛いげがあるし、マリーベルの方はシンプルにかっこいい。


 しかしユリフィスの前に降り立ったのは凄まじく嫌悪感を及ぼす見た目の魔物だった。


 顔は醜悪な小鬼ゴブリンの苦悶に満ちた顔が首の左右と前の三か所についており、胴体はところどころ腐肉がてりついた死霊アンデッドのフクロウような身体。


 不自然に肉体に付いている蠍のような尻尾には無数の眼があり、近くにいるユリフィスをぎょろぎょろと見つめてくる。


「……い、いや、誰か変わってくれ」


 当然の言葉だったが、その瞬間皆一斉にユリフィスから目を逸らした。

 

 とは言え、これだけの魔物を全て手中に収める事ができれば、原作以上の武力を得る事ができるのだ。


 全ては侯爵を殺す事で手に入る報酬である。


 

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