第40話


名前 ノエル・スペルディア(状態:薬物中毒)

レべル:35

異名:死霊使いネクロマンサー(異形魔法の成功率が10%上昇)

種族:人造魔人族

体力:207/423

攻撃:174+120

防御:176+55

敏捷:208+35

魔力:220/203

魔攻:202

魔防:198+55

固有魔法【なし】

異形魔法【死霊創造ネクロマンシー

血統魔法:【魔法模倣マジックミラー】 

技能:【身体能力強化】【再生】





 ユリフィスの腕の中で、荒い息を吐いて時折苦しそうに咳き込むノエル。


 そのたびに赤黒い血が口から漏れ出る。

 

「……薬物中毒だと?」


 片眼鏡モノクル型の魔道具【探究者の義眼】によってステータスを覗き見た結果にユリフィスは首を傾げた。


「は、やく……あの、薬を……」


 グライスの蹴りをくらっても表情を変えなかったノエルが、心底苦しそうにしている。

 朦朧とした意識で、ユリフィスの喉に爪を立て、虚ろな瞳で薬とやらを欲している。


「……体力が半分を切っている」

 

 再生の技能スキルは残念ながら発動していない。


 恐らくは外傷なら効果を発揮するのだろうが、身体の内部の問題にはどうやら役に立たないようだ。

 ユリフィスが一人焦る中、複数の足音と共に聞き覚えのある元気の良い声が森に響いた。


「――急にいなくなるから心配してきてみれば、何がどうなってこんな状況になってるの?」


 メイド服を着た褐色肌の美少女が、困惑の面持ちでやってきた。


 彼女を先頭に、フリーシアとルミアも共にいる。

 フリーシアを中心として、三人は光の障壁に包まれていた。


 アークヴァイン家の血統魔法だろう。


「あたしたち森にいたはずなのに、この近くだけフォードの街から見えた火山みたいになってるよ……」


 植物が一本もない、もしくは灰になった景色に驚くマリーベルはユリフィスを見て、


「また無茶したんでしょ? フリーシア様なんかね、こっちの方角が金色に光ったりするたびに青い顔してたんだよ?」


 びしっと指をユリフィスに突き付けるマリーベル。


「……ユリフィス様、お怪我はありませんか……? その方は……?」


 眉根を寄せて尋ねるフリーシアに、ユリフィスは頷く。


「俺は大丈夫だが……」


「……一体何が起きたの? ってその子もしかして……シセンの粉を吸ってるんじゃ……」


 マリーベルは赤黒い血に塗れているノエルを見て、眼を大きく見開いた。


「何か知っているのか、マリーベル」


 普段天真爛漫な傍仕えは、珍しく真剣な表情で語り始めた。


「……あたしさ、帝都の貧民街に住んでた時、結構闇組織同士の抗争とか見る機会あってね。特に『不死狗アンディ・ドッグ』っていう組織の構成員は斬られても何をしても怯まずに動ける奴らで、多くの人たちから恐れられてた」


 ユリフィスは相槌を打ちながら無言で続きを待った。


「彼らが痛みを恐れないその理由がシセンの粉と呼ばれてた麻薬にあるの。高い依存性と強い副作用を持つ代わりに痛覚を麻痺させる麻薬。だから命に関わる大怪我を負っても怯まず動ける。を幾度も潜り抜けられるようになるから、シセンの粉とそう呼ばれてた」


「……安直だな」


「薬の禁断症状で、こうして赤黒い血を吐いたりした末端の奴らを見たことがあるから……多分間違いないかも」


「……治療法は」


「……そんなにあたしも詳しくないからわかんないけど、とにかくこれ以上の服用を止める事くらいしか……」


 ユリフィスはノエルの身体を見下ろしながら、顎に手を添えて考える。


(痛覚を麻痺させる、か。確かに覚えはある……)


 彼女は肋骨をへし折られてもけろりとしていた。

 それが痛覚を麻痺させる麻薬によるものだとしたら納得はできる。


 だが、何故そもそも痛覚を麻痺させる必要があるのか。


 確かに痛みで人は動けなくなる。

 だから痛覚をなくせば、戦闘は優位に運べるかもしれない。しかし、ずっと薬に頼り続けなくてはならなくなる未来と引き換えにしたいとは思わない。


 ましてや、禁断症状によって起きる様々な症状を考慮すれば猶更だ。


(……いや、もしかして逆なのか?)


 使いたくて使うのではなく、使わざるを得なかったとしたら。


(まさか、その麻薬に頼らなければ我慢できない程身体にずっと激痛が走っている状態なのか?)


 至った考えに、ユリフィスは顔をしかめた。


 彼女は魔人族に改造されている。

 その弊害として、身体のどこかしらに異常をきたしていたとしておかしくはない。


 もしそうだとしたら、彼女は一体どれほど苦しんできたのだろう。

 望まぬ力を植え付けられ、そしてその代償に身体を激痛に苛まれ続ける。


 原作で、公開処刑されたと同時に自らが嫌う死霊アンデッドと化したのは、もしかしたらこのシセンの粉とやらから解放されたいと強く願った結果なのかもしれない。


 彼女の人生に想いを馳せながら、ユリフィスは苦し気に呼吸を続ける翡翠の髪の美少女を見つめた。


(人のままでいさせてやりたい。死霊化なんて絶対にさせない)


 死霊アンデッドになれば、五感とは無縁な身体になる。

 だが、せっかく教会に捕らわれる前に救い出せたのだ。


 絶対に無駄にしたくない。


「……ユリフィス様、この方は……」


 フリーシアに問われ、ユリフィスはノエルの素性を打ち明けた。


「……彼女はスペルディア侯爵の娘だ。だが、この様子からして娘として扱われた事はなかっただろうな」

 

 フリーシアが地べたに座り、寝込むノエルの手を触りながら表情を歪めた。


「この小さな手だけ見ても、手術跡や注射の跡がたくさん見つけられます」


 ユリフィスは奥歯を噛み締めながら、


「……これは俺の推測だが、彼女は侯爵が行っている人体実験の被験者なんだろう」


 ユリフィスはそっとノエルの前髪をかき分け、隠れていた左眼を露にする。

 しかし、その左眼に眼球はなく、黒に近い紫色の石がはまっていた。


「……これは……」


「魔物の核。魔石だ」


 より高位の魔物程、色がどす黒く染まる事が特徴の魔石。


 つまり彼女の眼に嵌っている魔石の本来の主は、高位の魔物。

 能力から言って、恐らく都市一つを滅ぼせる死の魔法使い、不死王リッチの可能性が高い。


「じ、人体実験って……何の為に……」


「それは侯爵に聞いてみないと分からない」

 

 拳を握りしめたユリフィスの手にそっと自身の手を重ねながら、フリーシアが問いかける。


「これからどうされるおつもりですか、ユリフィス様」


「……侯爵を始末しに魔法都市へ行く」


「……」


 瞳孔が開ききっているユリフィスのその言葉に、フリーシアやマリーベルは驚かなかった。


「……しかしその魔法都市への行き方が分からなければ、どうにもなりません。そこをどう解決するおつもりでしょうか?」


「……心配いらない」


(神正教会という侵入者の撃退を命じた娘が帰ってこなければ、侯爵はまた誰かをこの場に行かせるはずだ。そいつを捕らえて、案内させればいい)


 ユリフィスは既に気付いていた。

 

 ノエルが言った兄妹姉妹たち。

 彼らが近くに来ている事に。


「――え!? 何か急に身動き取れなくなったんだけどッ」


 マリーベルの驚愕の声を皮切りに、フリーシアとルミアの身体が不自然に硬直する。


 それは勿論ユリフィスも同様である。


「――全員、動くな」


 視線を持ち上げる。

 声が聞こえたのは、森に並ぶ木々より高い場所からだ。


 そこには宙に平然と立っている、一人の少年の姿があった。

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