第42話
「――何か勘違いしているようだが、俺達はノエルを傷つけるつもりはない」
投降した少年に、ユリフィスは今まであった事を簡潔に説明する。
「……俺がここに到着する前、彼女は【
「……では、姉を。ノエルを助けてくれたのか?」
「……そういう事になる」
会話をしながらユリフィスは灰色の武器群を魔力へと変換して消した。
それからフリーシアに流し目を向け、一つ頷く。
彼の意図を汲んだフリーシアが祈るような姿勢を解くと同時に、白き結界が音もなく霧散した。
「……俺はユリフィス・ヴァンフレイム。自らの信念に賛同してくれる配下を集める為に、魔法都市へとやってきた」
「……ヴァンフレイム……本物なのか……?」
「こんな見た目の者が他にいると思うか?」
首を傾げ、自身の白と黒の髪をつまんでユリフィスは言う。
確かに彼の容姿は、瞳が複眼になっている目の前の少年にすら劣らない程に特徴的である。
「……だとしたら第三皇子殿下。今までの無礼な言動と行為を詫びます」
素直に地面に片膝をつき、臣下の礼を取る少年。
今更だが、その殊勝な態度に嫌なものは感じない。
本来なら、出会ったその時に受け取るはずだったそれを眺め、ユリフィスは腕組みをして、
「頭を上げろ」
「はい」
「俺の質問に答えろ。ノエルは姉といったな。お前も侯爵の子なのか?」
「……その通りです」
「……彼女のこの症状。本当にシセンの粉とやらの禁断症状によるものか?」
今まで無表情だった少年がユリフィスの背後にいるノエルの姿を一瞥した途端、苦し気に歪む。
「……はい」
「痛覚を麻痺させる麻薬を日常的に使用する理由は」
「……我々の身体は、侯爵の手によって改造されています。具体的に言うと、魔物達の核に当たる魔石を身体に埋め込む事で、我々は魔物の力を行使できるようになりました」
そう言って、少年は指の先から糸を射出した。
恐らく彼の額にある魔石は、蜘蛛型の魔物のものなのだろう。
「……しかし、魔石という異物を嵌め込んだ代償として、我々は常時身体に激痛が走っている状態です。その激痛に長い時間苛まれれば、精神がおかしくなる程の」
(……やはりそうなのか)
人造魔人族。
侯爵が作り上げたその存在は、どうやら欠陥を持ち合わせているようだ。
神ですらないのだから、完全な新人類等造れるはずがなかったのだ。
「無論、それだけではありません。我々の身体の事を鑑みて、父はシセンの粉を服用させ続けているわけじゃない」
「それ以外に何か理由が?」
「シセンの粉は、魔法都市アルヴァンでしか取れません。正しく言うと、魔法都市内部にある古代遺跡でのみです。そしてシセンの粉を一手に管理しているのは侯爵である父です。つまり父は我々をあの薬物に依存させる事で、無理やり忠誠を誓わせているわけです」
「……」
「苛烈な実験の被験者にされても、任務失敗によって酷い体罰を受けさせられても。従うしかない。あの麻薬がないと我々は自我を保ってすらいられないのだから」
少年の硬く握りしめた拳が、震えている。
その様子は、決して演技には見えない。
「なら、俺の質問に素直に答えているこの行為は明確な裏切りのはず」
「勿論そうです」
少年は間髪入れずに頷く。
「ですが、こんな生活が続くくらいならもう死んだ方がマシです。もうこれ以上生きたいとは思わない」
「……」
「最期に父が、いやあの男が少しでも不利に陥ってくれるなら本望です」
少年の複眼からは、感情を伺い知る事はできない。
だが言葉に秘められた想いは伝わってくる。
「――私も……レインと同じッ」
ユリフィスは背後を振り返った。
荒い呼吸を続けていたノエルが、上半身のみを起き上がらせてユリフィスを見つめた。
今にも閉じそうな瞼に力を入れながら彼女は言う。
「……貴方があのジジイを殺してくれるなら……それが本当なら……私は貴方に従う。それまで、生きていられたらだけど……」
「馬鹿な事を言うな」
ユリフィスは弱々しく呻く彼女に駆け寄り、その手を力強く握った。
「……分かった、お前たちの身体の問題は俺が必ず何とかする」
「……もしかして。この話を聞いて怒っているのですか?」
レインとそう呼ばれた少年は、呆けたようにユリフィスに尋ねた。
「……当たり前だろうが」
「……嬉しい。我々のこの醜い姿を見て、我がことのように怒ってくれる方がいるなんて。皇子殿下は……見かけによらず情に熱い方なのですね」
レインのその物言いに、マリーベルとフリーシアが顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「――ユリフィス様、今回は私もご一緒させてください」
「……フリーシア」
「……あたしも。侯爵だか何だか知らないけど。一発ぶん殴りたい気分」
「……」
二人は、真剣な顔でユリフィスを一心に見つめた。
敵は、百年以上の時を生きる大魔法使い、スペルディア侯爵。
ユリフィスは即答できなかった。
彼はゲームのラスボスである。原作の最終決戦では、当然一人でやってきた原作主人公たちと戦った。
ラスボスは、いつだって一人で敵を悠々と出迎える。
その在り方を変えて、敵にパーティで挑む。
それはまるで、
(主人公のようだな)
悪役の自分には似合わない。だが一時でも英雄たちの気分が味わえるのは中々に新鮮な体験となるかもしれない。
「一人で行くと言ったら、無理やりついてくるんだろう」
「当然です」
こういう時だけ意思は強い婚約者に少々呆れながら、ユリフィスはマントを翻した。
「なら共に行こう」
魔の深淵に取り憑かれた外道を裁く為に。
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