第38話


「――かつてヴァンフレイム帝国は大陸全土の統一を成し遂げた。今はそこまでの勢いはないが、受け継がれてきた血統魔法は変わらない王の魔法そのもの」


 グライスは、槍の刃先をユリフィスへ向けた。


「お前さんの協力がなければ、ジゼルは死なずに済んだ。そうだろ?」


 グライスは確信を持って喋っている。


 否定したところで聞く耳を持つ気はなさそうだ。


 とは言え、本来ならバレたところで問題はないのだ。確たる証拠もないわけだし、知らぬ存ぜぬで通せば良い。


 ユリフィスは帝国の第三皇子。


 表立って帝国の大貴族である公爵家の一つが後ろ盾についている。


 教会側としてもあまり揉めたくないだろうし、真実なんて追及されないと高をくくっていた。

 しかし今、この場には人の眼がない。

 魔の世界【迷いの樹海】だ。


 何が起ころうと、誰も知る由はない。


「皇子様よ、お前さんの目的は何だ? まさかとは思うが本当に次の皇帝の座を狙っているのか?」


「……」


大鬼オーガの半魔を配下にしたのも、そいつにジゼルを殺させたのも、今魔女を庇おうとしているのも。全ては皇帝になるための準備か?」


 ユリフィスは何やら喋っているグライスを他所に、こちらを睨んでくる翡翠の髪を持つ美少女、ノエルを一瞥した。


 こんな近くにいたら戦闘の余波に巻き込まれるため、できれば離れて欲しいところだ。

 

 しかし、様子を見る限り素直に言う事を聞いてくれそうにない。


 とは言え、ジゼルの件でグライスの意識がユリフィスへ向けられている事は不幸中の幸いだ。


「……教会の騎士よ。仮にも帝国の皇子である俺と命の取り合いをするつもりか?」


「不躾ではあるが、弟子の仇を取らせてもらう。皇子がこの森で死んでも魔物のせいにできるからな。俺にとっては非常に都合が良い」


「なるほど、理解できる言い分だ。だが、


 教会所属の英雄を殺すには、この上ない場所だ。


 ユリフィスは灰色の剣の刀身に映った自身の顔を見て、ステータスを確認した。




名前 ユリフィス・ヴァンフレイム

レベル:7

異名【なし】

種族:半魔【竜人】

体力:1412/1412

攻撃:420

防御:378

敏捷:460

魔力:100143/100143

魔攻:443

魔防:404

固有魔法:【なし】

血統魔法:【統べる王エンペラー・マジック

技能:【竜化】【身体能力強化】



 ハーズの街でジゼルらと一戦交えたからか、以前測った時より2レベル程上がっている。

 たった2レベルでも、上り幅は常人とは比較にすらならない。


 ユリフィスは着ていたマントを取り払ってから、全身を竜化していく。


 白き鱗が身体を包む。

 外見上は白竜を模した鎧を着た戦士のような見た目へと変化した。


 第二形態、竜人モード。


 更に、周囲の空間が歪み灰色の剣や槍といった武具が次々と生み出される。


 最後に竜人化したユリフィスの背後には金の炎でできた巨大な獅子が顕現し、鋭利な牙を剝いて威嚇し始めた。


「二つの魔法を……同時に。天才かよ」


 僅かに目を丸くしたグライスがニヤリと笑みを浮かべた。

 風を纏った槍を油断なく構える大男に対して、ユリフィスは浮かび上がった灰色の大剣を圧縮して、一本の長剣に作り替えた。

 

 圧縮した事で密度が上がり、より硬くなったそれを片手に持つと、すかさず背後にいた金の獅子が火の息を吐いて剣の刀身に炎を纏わせた。


「武器に属性を纏わせる【属性武装】は随分と苦労して習得したんだが」


「これがそうか」


 軽口を言い合いながら、予備動作もなく二人は武器を重ね合わせた。


 竜化と膨大な魔力によって大幅に身体能力を強化したユリフィスに対し、グライスの方も武器だけではなく全身に風を纏う事で身体能力を上げている。


 そして彼の異名である【覇槍】の効果によって、魔攻を攻撃力に加算しているため、単純な攻撃力ではユリフィスをも抜いている。


 とは言え、他のステータス値はユリフィスの方が勝っている。


 武器を重ねた衝撃で、周囲に風と金の炎が飛び散り、余波で近くの木が根元から吹き飛んだ。


 武器同士がぶつかるたびに盛大に火花が散る。

 当然だが、ステータスに任せた戦い方ではない。


 グライスの武器を扱う技術も一級品だった。


 力強く、それでいてしなやかな槍術は対応に苦慮する。


 ユリフィスは苛立ち紛れに舌打ちを放った。武器を重ねる度に硬度を高めたはずの剣に罅が入っていく。

 技術と武装の差でユリフィスは苦戦を強いられた。


「……悪いが、武器を変える暇は与えねえぞ」


 風を纏った刺突。

 肩を狙った初撃を剣で弾くと、グライスは弾かれた勢いのまま石突での殴打へと攻撃を切り替えた。


 それを身を捩って回避し、ユリフィスはそのまま槍の柄に手を伸ばした。


「ならお前の武器を借りる」


 武器を奪い取ればグライスの攻撃力は著しく落ちる。

 そう思っての行動だったが、槍に纏わりつく暴風の膜によって阻害され、上手く掴めない。


「――隙だらけだぜ皇子様」


 不格好に手を伸ばしたままのユリフィス。隙だらけの彼の心臓を狙って鋭い突きが放たれる。

 ユリフィスは回避が間に合わない事を悟った。


 だが、元から躱す気などない。

 ユリフィスを庇うように、黄金の炎でできた獅子が割って入った。


 獅子は槍での突きを身体に浴びながら、炎の息を吐いてグライスの身体を炎上させた。


「――何のこれしき。<覇風ハスカール>!」


 しかしグライスが魔法名を叫ぶと、途端にその身を包んでいた黄金の炎が消し飛んだ。

 常人なら炭になる程の高威力魔法だが、鎧の所々が黒く焦げている程度。


 とは言え、一瞬でも時間を作る事には成功した。


「……なるほど」


 グライスは槍を払い、離れたところに佇むユリフィスを睨んだ。


「この一瞬で魔女を回収したか」


 ユリフィスは追撃しなかった。


 彼はノエルをお姫様抱っこしながら、後方へ退避していた。


「……降ろしなさい。この状況で何をしているの」


 薄っすらとだが、ノエルの頬が赤く染まっている。


 照れているのだろうか。


「……どこに」


「……そんなのどこでもいいわ」


「だが、戦いの余波に巻き込まれれば更なる傷を負うぞ」


「……何なの、本当に」


 ユリフィスはあくまで真剣な態度である。

 

 彼が本気でそう言っている事に、ようやくノエルも気付いた。

 だがそうまでして味方であろうとする彼の姿勢に、ノエルは未だ疑問符しか持っていない。


「……動けるまで回復したらできるだけ遠くへ逃げろ」


 彼女は【再生】の技能持ちだという事はステータスを覗いた時に知っている。


「……はぁ、分かったわ」


 ユリフィスは近くの木の幹に彼女の身体を優しく預けながら、振り返って告げた。


「――待たせたな。続きをやろうか」


 グライスの方へ向き直ると、彼の身体を光の粒子が包み込んでいた。


「いいぜ。この時間で俺も回復できたからな。無駄じゃなかった」


「そうか。それがお前の血統魔法か」


「……何で知ってんだ、そんな事」


「気にするな」


「……そういえばさっき妙な視線を感じたが、もしかしてそれか?」


「……」


 光が収まり、肩を回して体の具合を確かめながらグライスは鋭い瞳で睥睨する。


「まあいい。久しぶりに痛みを感じた。まさかこんな若造に傷をつけられるとは」


「ここからはかすり傷じゃ済まなくなる」


 ユリフィスは告げながら同時に炎の獅子と宙に浮く灰色の武器群を操作していく。


 宙を浮く武器群が次々と弾丸の速度で放たれるが、その全てを最小限の動きで躱すグライス。


 ついにはユリフィスの懐へ入り、


「それは俺の台詞だ。【螺旋槍スパイラル・エッジ】!」


 今まではただ槍に風を纏わせただけだった。


 だが、その一撃は纏う風そのものが高速に回転している。回転が速いほど切削能力が高くなるのは当たり前の事だ。


 ただ風を纏わせるだけの突きとは比べ物にならない轟音を伴いながらの攻撃。


「受けて立とう」


 敵の最大の攻撃に対して逃げる等、ラスボスの性に合わない。


(だが今ここで英雄の奥義を超える技を即効で編み出せというのは流石の俺も難儀だ)


 凡人なら絶対に不可能な芸当である。しかし、ユリフィスの才能はそれを可能とした。

 再度ユリフィスを守るように、黄金の炎でできた獅子が割って入った。


 放たれた超速の突きによって、獅子の胴に大穴が空いて一瞬でかき消えそうになるが、


「合成魔法<灰金の炎鋼獅子レオメタル・ブレイズ>」


 宙を浮く武器群が変形して、獅子の身体に取りつく。

 

 身体の各部を守るように、鎧となった灰色の金属を纏った金獅子は、咆哮を上げながら高速回転する風を纏った槍を押し返した。


「――何!?」


「……お前はここで始末する」


 ユリフィスは語気強く宣言した。


 今こそがジゼルを優に上回る強さを誇るグライスを葬る絶好のチャンス。

 この機会を逃したら彼はユリフィスを警戒して一対一の状況になる事を拒むだろう。

 

「――属性武装【炎霊巨剣スルト】」


 獅子にグライスの相手をさせているため、手が空いたユリフィスは長剣の刀身に左手をかざす。

 その瞬間、刀身に纏っていた炎がどんどん巨大化していく。


 膨大な魔力を注いだ結果、炎でできた刀身が大木程の長さになる。


 それを天高く持ち上げ、


「――そいつは……ヤバいなおいッ! 森の中だぞ!?」


「終わりだ。英雄」


 未だ鎧を着た炎の金獅子とぶつかり合い、膠着状態となっているグライスに向けてユリフィスは刀身を一思いに振り下ろした。


 しかし、刃が大男を両断するその寸前で、グライスの身体が強烈に発光した。


 

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