第36話
近づく程に異常な熱気を肌に感じた。
霧とは別で、モクモクとした煙が辺り一帯を覆い始めている。
森の異常事態に、小型の魔物達が一斉に逃げ出していた。
ホーンラビットや蝙蝠型の魔物であるブラッドバッドの群れとすれ違いながら、ユリフィスは舌打ちを放った。
煙の先を抜けると、案の定森が燃えている現場に出くわした。
松明の炎を次々と森に放っているのは聖職者が着る法衣の上に鎧を纏った騎士達である。
「……無茶苦茶だ」
彼らは何故森を燃やしているのか。
それは言動を見ればすぐわかった。
「――ようやく出て来たな、魔女め!」
「気をつけろ。奴は
【神正教会】が保有する独自の武装組織【正騎士団】。
魔物のいない世界を創る事を目的とした教会は、希望する信者たちをまず【正騎士団】に入団させる。
そこで魔物との戦闘経験を積ませ、武の才能と不屈の精神を持つ者が偉業を達成した時、教皇直属の最強戦力【
いわば【正騎士団】は【
「……」
燃え広がり続ける炎で染められた森の木々。
だが、全てを燃やす炎に対抗するように極寒の冷気が辺りを包んだ。
草木が凍り、炎を次々と消化していく。
木々の間から姿を現したのは気だるげな雰囲気を纏う美少女だった。
紺のローブを纏い、フードを目深に被っているので髪色は分からない。
可愛らしい童顔と身長に反して発育の良い胸部がローブ越しでもはっきりとわかる。
「――はぁ……都市の場所が分からないからって全部燃やそうとするとか頭おかしいんじゃないの?」
眠そうな瞳を擦りながら、少女はため息交じりに言った。
「我らは魔法都市を治めるスペルディア侯爵に用がある」
「……だから?」
「抵抗はかかった嫌疑を更に強める理由になる。大人しく魔法都市へ案内しろ」
「……無理。めんどくさいけど、教会は入れるなって命令されてるの」
「やはり事実なのか。魔物の血を取り入れ、寿命を延ばしているというのは」
正騎士達が一斉に抜剣した。
片手に持っていた松明を投げ捨て、更に周辺に火を広げながら。
一色触発の状況をユリフィスは木の陰に身を寄せて、見守る事にした。
(……ようやく会えたな。この時点の彼女の戦闘能力を知る良い機会だ)
少女を流し見ていると、不意にユリフィスは地面の下に何者かの気配を感じた。
だが、ユリフィスが悟ったその気配を教会の正騎士達は掴めていない。
「――侵入者が多すぎるわ。ああ、本当に嫌になる。この力に頼らなくちゃないのが……」
少女が酷く億劫そうに片手で顔を覆った。
その瞬間、
「――う、アア………」
「な、何だ!?」
突如騎士達が一斉にバランスを崩した。
その理由は地面から生えてきた異形の手が、騎士達の足を掴んだからである。
その手は所々腐り、骨すら見えていた。
「こ、こいつら
「馬鹿な、この森に
それは当たり前の事だ。
何故ならあの死霊たちはこの森に住んでいるわけじゃない。
呼び寄せたのはあの少女なのだから。
ユリフィスは未来で配下となる己の腹心の一人の現在のステータスを視るため、
名前 ノエル・スペルディア
レべル:35
異名:
種族:人造魔人族
体力:423/423
攻撃:174+120
防御:176+55
敏捷:208+35
魔力:220/203
魔攻:202
魔防:198+55
固有魔法【なし】
異形魔法【
血統魔法:【
技能:【身体能力強化】【再生】
まず種族名と魔法欄について。原作知識がなければ全くもって理解できなかっただろう。
魔人族とは本来、ゴブリンやオークなどの人型の魔物を総称した種族だ。
人造ということはつまり、彼女は人為的に造られた存在なのだ。
「――あのクソジジイに言われてるから。街に侵入しようとする奴は殺せって。恨むならあのジジイを恨んで」
その少女――ノエルが無感情に呟いた直後、地面から勢いよく亡者たちが飛び出した。
臓物を撒き散らし、死臭を辺り一帯に広げながら醜い死者たちは裂けた口を大きく開けて騎士達の喉元に食らいついた。
「ぎゃああああアッ!」
「ぐッ、は、離れろ汚らわしいッ」
一息で殺された者もいれば、辛うじて抵抗が間に合い亡者を撃退した者もいる。
生き残った騎士の一人が首元を抑え、荒い呼吸を続けながら蒼白な顔でノエルを睨んだ。彼が撃退した亡者は、自分自身が纏う【正騎士】の格好と全く同じ装いの者だったのだ。
「――我ら以外にこの地に向かった騎士達を……一体どうしたのだ」
その問いには答えず、ノエルは無言で佇んでいる。
「……操っているのか。魔物である
「だとすれば正真正銘コイツは人類の敵だ、今すぐ滅ぼさなければ。正面からやり合えば、下位の魔物である
「神の裁きをその身に受けよ!」
正騎士達は口々に祈りの言葉を捧げ、剣を手にとりノエルへと向かっていく。
ちなみに正騎士達のステータスを覗いたところ、ユリフィスを護衛しているブランニウル公の騎士達と大差なかった。
「……無駄よ」
が、多対一の状況であってもノエルは余裕を貫いた。
繰り出される剣戟を躱し、絶え間なく続く刺突に身を捻り、身軽な身体を活かして踊るように宙を舞う。
そして呆気に取られた騎士達の急所を、彼女は腰に下げていた短剣を抜いて次々と斬り裂いた。
喉や心臓、腹に頭。
あらゆる刺し傷を与えられた騎士達は、直後、唸り声をあげて身近な騎士に襲い掛かった。
「な⁉ お、お前たち、何を――ギギ、ガっ?」
数秒前まで仲間だった者が、騎士の一人の眼に指を突っ込んでいる。まるで虫の鳴き声のような最期の声を上げ、騎士は倒れていく。
「……はぁ、やっと終わった」
乱戦となった戦場の勝者は、少女ただ一人である。
皆殺しにした騎士達の幾人化が死霊として蘇っている。
その力は、ユリフィスが彼女を切望する要因の一つだった。
(生物を死者に変え、使役する。殺せば殺すだけ味方が増える。彼女一人を配下に加えるだけで、無数の軍を作れてしまう)
世界を変える為には、ユリフィスと類まれな六名の配下の力だけでは足りない。
ユリフィスも含めて、彼らは超人だが人間だ。
だからこそ、ずっと戦い続けられるわけではない。
人である以上限界があるのだ。
いずれは数の暴力に屈する時がある。
しかし、彼女一人を仲間に加えるだけで数の問題を解決できてしまう。
何も感じない死者の群れで軍を作り、襲い掛かってくる敵を殺せば更に数を補充できる。
そんな恐ろしい力を秘めた魔女が、ユリフィスは何が何でも欲しいのだ。
だからこそ、第一印象は大切だ。
この状況で話しかければ、自分も敵として扱われ、攻撃されかねない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、静かになった森の中に奇妙に通る渋い男の声が響いた。
「――見ちまったな、魔物を使役するところ。コイツは現行犯だ。もはや言い訳はできねえぞ」
何故か死んだはずの正騎士の一人が、唐突にむくりと起き上がった。
彼は懐に手を入れ、小瓶を取り出して中身を一息に飲み干した。
「……腐っても侯爵だ。帝国の貴族を異端として始末するのには確たる証拠が必要だって第一皇子に言われてよ。我慢してたら部下が皆殺しにされちまった」
凡庸な中年の騎士だったその男の容姿が著しく変わっていく。
年齢はそう変わっていない。だがそれ以外が何もかも変わる。
黄金色の短髪に、渋い顎髭が特徴の精悍な大男だ。
身長は二メートルにも及び、筋骨隆々とした肉体を蒼みがかった銀の鎧で覆っている。
手には身長以上に大きな槍を持っていた。
彼を目にした瞬間、ユリフィスは異常な寒気に襲われる。
(まさか、
抱いた疑念を確かめるべく、ユリフィスは木の陰から再び【探究者の義眼】に魔力を送ってステータスを確認した。
名前 グライス・アインツ
レべル:80
異名:覇槍(固有魔法使用時、魔攻を攻撃力に加算する)
種族:人族
体力:800/800
攻撃:458+200
防御:462+200
敏捷:423+200
魔力:603/603
魔攻:400
魔防:412+200
固有魔法【
血統魔法:【
技能:【身体能力強化】【属性武装<風>】【螺旋槍】
【
外見は決して見掛け倒しではなかった。
ユリフィスでさえ、倒せるかどうか定かではない程に強い。
まさに完成された英雄。
そんな言葉が、脳裏を過った。
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