第35話
この世界は偉業を達成すると、神から魔法が贈られる。
ハーズの街で配下にした
固有魔法<
鉄を自在に生み出し、操れるその魔法の能力をヴァンフレイム帝国を治める皇族の血統魔法<
「<
ユリフィスは早速生み出した灰色の長剣を手に、自らに向かって伸びてきた枝を斬り払った。
「――木が……ウネウネしてる。気持ち悪ッ!」
素直な感想が背後から耳に届く。
「あれは吸血樹かと思います。幾重にも分かれた枝を生き物に刺して、血を養分として生きる魔境内の木です」
そのまた背後からは現在進行形で対峙している相手の解説も飛んできた。
ユリフィスは意識を前方へ戻す。
彼の視界には自由自在に枝をくねらせて襲い掛かってくる奇妙な木が映っていた。
まるで人の血管のように分かれた無数の枝と幹の色が、本来の樹木とは違って紅い。
(吸血樹。ゲームにも登場したが、魔物ではなくトラップとしてマップに配置されていた)
記憶を振り返りながら、ユリフィスは伸ばされた枝を一瞬で全て斬り落とし、一歩踏み込んで幹を両断した。
「うわッ、木なのに血が噴き出したッ、やっぱり気持ち悪ッ!」
先ほどとほぼ同じ反応を聞きながら、ユリフィスは血が衣服にかからないよう即座に距離を取った。
切り倒された木が倒れ、大地が揺れる。
「――やれやれ。この森の中だと酷く戦いづらいな」
霧に包まれた森の中は進む事でさえ足場が視えずらいのもあって結構集中力を使う。戦うとなれば猶更だ。
とは言え、彼の後をついてくる三人の女性たちは意外にも楽しそうだった。
魔境と呼ばれる魔物の生息地のただ中にいるわけだが、危険を感じるよりも全てが新鮮で楽しいのだろう。
片やフリーシアは隣国の王女で、王国時代はどんな暮らしをしていたかはあまり知らないが、ユリフィスの婚約者になり帝国にやってきてからは碌に外に出ていないはずだ。
その傍仕えであるルミアも恐らく主人と似たようなものだろう。
加えてマリーベルも帝都の貧民街から出た事がない生活である。
好奇心が疼いても仕方ない。
とは言え、勿論それだけでは人を食う化け物が闊歩する魔の世界を気楽に散歩できるはずがない。
今は護衛役として帯同しているユリフィスの力量を信頼している事も理由の一つだろう。
「――なるほど、流石に魔境か。休む暇さえ与えてくれない」
白の霧で視界の確保が難しい森の中。
ユリフィスは新たな敵意を感じ取った。
突如として頭に角が生えた兎が草むらから飛び出してくる。
下位の魔物であるホーンラビットだ。
それも一体ではない。
ざっと数えたところ五匹以上いる。彼らは自慢の脚力を使って宙に飛び上がり、そのまま鋭利な角を武器とした体当たりを仕掛けてくる。
しかし、ユリフィスは慌てずにホーンラビットの角を片手で掴み、そのまま近くの太い木の幹に叩きつけていく。
「キュウッ⁉」
軽い力でぶつけた為、凄惨な光景にはならずに済んだ。彼が本気で叩きつけたら、身体が爆散して血肉が周辺に飛び散っただろう。
そうしなかったのは単純に背後にいる女性陣に配慮した形である。
だが中途半端に痛めつけられて、ホーンラビット達は小さな牙を剥き出しにして唸りだした。怒ったのだろうが、それで結果が変わるとは思わない。
ユリフィスは魔法で生み出した長剣を消して、ため息を吐きながら近くの木に片手を置いた。
そして、鈍い音と共に握力で木の幹を強引に抉った。
「キ、キュウッ⁉」
「キュキュウ!」
コ、コイツ、化け物だ。
今すぐ逃げよう。
勿論彼らの言語は分からないが、言いたい事は何となく伝わる。
樹皮どころか幹を腕力で抉るその姿に、流石に力量差が分かったのだろう。
ホーンラビット達は怯えた様子で森の中に次々と姿を消した。
「お見事です、ユリフィス様」
「……殺しちゃうかと思ったけど……案外優しいんだね?」
「違います。殿下は血を見せないよう我々に配慮してくださったのでしょう」
小さく拍手をするフリーシアに、目を丸くした後軽く微笑むマリーベル。それからユリフィスの意図を見抜いて頭を下げるルシア。
三者三様の反応はどれも好意的なもので、気恥ずかしさを抑えながらユリフィスは口を開いた。
「……結構な数の野草を摘んだろう。もう戻らないか?」
そう言って彼は地面に置いていた布袋を背負い直した。
袋にはフリーシアが道中で厳選した野草が入っている。
大人数に行き渡るようにとたくさん摘み取ったので、袋は大きく膨れ上がっていた。
「そうですね、そろそろ充分でしょうか。戻って料理の支度をしましょう」
「……え、フリーシア様料理もできるんですか! あたし、すっごく楽しみです!」
「……貴方も手伝うのですよ、マリー」
フリーシアの母であるアークヴァイン王国の王妃は平民出身らしい。
料理など王族がするものではない。
だが彼女は母から、一通りの事を教わったのだろう。
「……一人で生きていけるように、か」
「……どうかいたしましたか?」
「いや、俺は料理なんて作れないから、自分にできない事ができる人間の事を単純に凄いと感じる」
「……あ、ありがとうございます」
ユリフィスが遠回しに褒めると、フリーシアは恥ずかし気にぺこりと頭を下げた。
「だが本来王女は料理なんてできなくていい。精々刺繍くらいだろう。宮廷にいる料理人の仕事がなくなるしな」
「……それは……そうですね」
「周りにいた王国貴族たちは、さぞ母君に反発しただろう?」
「確かに元々母は平民だったので、色々言われていたと聞いています。けれど、母は花嫁修業と称してたくさんの事を教えてくれました」
「……なるほど。無理やりそれで納得させたと」
歩きながらユリフィスが首だけ振り返ると、フリーシアは寂しげな顔で俯いていた。
もし故郷に郷愁を感じているなら、ユリフィスとしても一度アークヴァイン王国に足を伸ばすのも良いかもしれない。
丁度原作が始まる前に、主人公を一目見ておきたいと思っていたのだ。
思考を切り、ユリフィスは手頃な木に一息に飛び上がって登り、空を見つめた。
この不可思議な霧も、広大な空までは覆えない。
南の空に向かって昇っていくキラキラ光る粒子が混じった柱がはっきりと確認できた。
(教会の騎士達が魔法都市へ行くためにこの森は避けては通れない。彼女は森に踏み入った騎士達と戦闘になり、恐らく捕まるはず。騒動が起こるのはまだか?)
木を降りながら考え事を続けるユリフィスの耳に、マリーベルの困惑の声が届いた。
「あ、あれ? ねえ、ユリフィス! ちょっと待って、反対側の空見てみてッ」
「……ん?」
振り返って彼女が指を差す先の方角を眺める。
濃い霧の中で確認し辛いが、空が微妙に赤く染まっていた。
その光景にユリフィスは待ちに待った瞬間が来た事を悟った。
「……僅かに熱気が来ます……もしかしたら火事が起こっているのではないでしょうか?」
「……騎士達ではないな。彼らは魔法が使えない。だとすると火を扱う魔物の可能性が高いが……森に生息する魔物が火を吐いたりすると思うか?」
正直ユリフィスは、今すぐ駆け出したい衝動を抑えていた。
ゲーム知識で知っている。
【迷いの樹海】に生息する魔物は基本的に獣型が多数を占めている。
ゲーム通りならば、火を扱う攻撃を繰り出してくる魔物はいないはずだ。
ブランニウル公の騎士達でもないとしたら、それはつまりユリフィス達以外の第三者が森の中で戦闘しているという事だ。
「――少し様子を見てくる」
この場に三人を残すのは少々不安だが致し方ない。
「フリーシアは俺が戻るまで血統魔法を発動して、二人を守ってやってくれ」
「え、ユ、ユリフィス様――」
驚いた様子で声を上げた婚約者の反応を他所に、ユリフィスは力強く大地を蹴った。
木から木へ飛び移っていき、騒動が起こっている場所へ急いだ。
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