第二章 不死姫編
第30話
見事な装飾が施された一台の馬車が大きな邸の正門をくぐった。
眼を見張る体躯を誇る二頭の軍馬に引かれたその馬車に描かれているのは、炎の獅子の紋章である。
それは帝国切っての名家であるブランニウル公爵家の家紋だ。
そして馬車を護衛するのは、馬に騎乗した騎士の集団。
馬車に乗っている人物は、相当高貴な人物だという事がはっきりとわかる。
「――開門!」
開かれた門の内側にある大きな屋敷の前には大勢の使用人達が膝をついて出迎えた。
ここは帝国貴族、ゴドウィン・エルバンの生家、エルバン伯爵家が治める街フォード。
ハーズの街と同程度の中規模の街であり、近くに活火山であるライアナ火山がある影響で炎の街として知られている。
降り注ぐ火山灰が上質な肥料になる影響で、農業が盛んな街だ。ライアナ火山の傾斜地には帝国随一のワイナリーがあり、国内最大の生産量を誇っていた。
「――出迎えご苦労」
広々とした中庭を通り、邸の中央扉の前で馬車は停止する。
御者を務めていた茶髪の美しいメイドが馬車の扉前に踏み台を置いてから扉を開けた。
すると中から黒と白の相反する髪が交じり合った中性的な容姿の美少年が降りてくる。
左眼につけた特徴的な銀縁の
「あ、ありがとうございます……」
エスコートに対して小さな声で礼を言い、恥ずかしそうに彼の手を掴んで馬車を降りたのは、とても美しい少女だった。
エルバン家の使用人達から、感嘆のため息が漏れる。
背中まで伸びた銀色の綺麗な長髪に、透明感溢れる純白の肌。
優し気なタレ目と包容力抜群の豊満な肉体美を包んでいる白のドレス姿からは、穢れを知らない神聖さすら漂っていた。
「……君にもエスコートを」
「ふふ、ありがと。これがお姫様の気分かぁ」
最後に馬車から降りたメイド服を纏う褐色肌の美少女は花のように微笑み、伸ばされた少年の手を掴んだ。
タイプの違う二人の美少女の手を引く少年の姿は、容姿も含めて王子様と呼ぶに相応しいものである。
彼の瞳が深紅でなければ、国中の貴族や民が感嘆の言葉を口々に送っただろう。
「――無事の到着、心よりお喜び申し上げます。我らが王ユリフィス殿下。そして隣国の姫君、フリーシア王女」
「……ああ」
「……はい。短いお時間ですが、お世話になります」
軍服を纏った禿頭の老人が、使用人達の列から一歩前に出て深々と礼をした。
その振る舞いからは老いた年齢に見合わぬ姿勢の良さと貫禄が漂っている。
ユリフィスと呼ばれた少年は無表情のまま頷きを返し、老人の忠誠を当然のように受け取った。
「……明日の朝には出る。立ち寄ったのは指示を出した計画の進行度と魔法都市の現状。それから教会の動きの三つを知りたいからだ」
単刀直入に忙しなく用件を言う帝国の第三皇子に対して、
「……心得ておりまする、ユリフィス殿下。不肖の倅から一報が届いております。ですが、まずは長旅の疲れを癒し、体調を整える事から始めてはいかがでしょうか」
「……そうしたいところだが、ここに来るまでに魔法都市について不穏な噂を聞いたものでな」
ユリフィスは腕組みをしながら老人と視線を合わせた。
「その件が今、一番心寄せる事柄なのですか」
「……そうだ」
「かしこまりました。では食事でも取りながらその件についてご報告を差し上げたいと思います」
しわがれた声は年齢相応だが、眼光は鋭い。
その老人の傍には、まだ十歳にも満たない小さな子供と柔和な笑みを浮かべる美しい女性が佇んでいる。
帝国魔法騎士団副団長を務めるゴドウィンの妻とその息子、つまりエルバン伯爵夫人と次期当主である。
そして老人の方はエルバン伯爵家先代当主にして、ゴドウィンの父に当たる。
ユリフィス自身会うのは初めてだが、既にこの老人からは忠実なる部下の面影を感じた。
特に髪がない頭に。
遺伝というのは時に不幸を生むのだと漠然と思った。
(……まあスキンヘッドが似合っている事は不幸中の幸いか)
太陽の光で殊更輝きを帯びる頭部を眺め、くだらない事を考えているユリフィスの傍で、婚約者である銀髪の美少女フリーシア・アークヴァインが小さな声で呟いた。
「……噂には聞いていましたが暑い、ですね」
フリーシアの目線を辿ると、フォードの街の程近くに雄大な火山が聳え立っている事が分かる。
火口付近からは白い煙が漂っており、活動が盛んな様子である。
火山が程近くにあるせいか、このフォードの街の気温は高い。
「――申し訳ありません。室内は比較的涼しいかと」
会話の途中で日傘を恭しく掲げ、エルバン家に仕える使用人達は太陽の日差しから高貴な身分の二人を守った。
彼らの対応に、メイド服を着た褐色肌の美少女は肩口までの金髪を耳にかけながら訝し気に使用人達を流し見た。
彼女は帝国宰相でもあるブランニウル公爵の隠し子にして、ゲームでは主人公パーティの一人だった人物、マリーベルである。
ドワーフ族とのハーフである彼女は今、ユリフィスの傍仕えとして雇われており、その給金をお世話になった孤児院に仕送りしている基本的には優しい娘だ。
「――ね、ねえユリフィス。ここの人たち、何でユリフィスにこんなに親切なの……?」
耳元で囁かれた言葉に、ユリフィスは内心苦笑した。
れっきとした第三皇子であるユリフィスに、帝国貴族であるエルバン家の者が従うのは本来ならば当然の事だ。
しかしマリーベルは心底疑問と言わんばかりに曇りなき眼で眉根を寄せている。
彼女がそう思うのも無理はない。
この場所に至るまでに立ち寄った街を治める貴族の代表者はいずれもユリフィスに厳しい対応を取っていた。
その理由は言うまでもないが、彼の血筋にある。
ユリフィスはれっきとした皇族であるが、半分は人間ではなく魔物の血を引いている半魔なのだ。
人食いの化け物の血を引く皇子に対して、ほとんどの人間たちは嫌悪や蔑みを抱いて接する。
だがエルバン家の者は例外なのだ。
「屋敷に入れば分かる」
「……え?」
それだけ言って、ユリフィスは前を向く。
まだ聞きたりなさそうなマリーベルが更なる疑問を口にする前に、老人が口を開いた。
「では両殿下は私と共に食事部屋へ。殿下の護衛の騎士達は当家のメイドが客室へ案内するので、彼女らについていくように。ではユリフィス殿下、参りましょうか」
厳めしい顔つきとは裏腹な態度で、老人は畏まった態度を貫いた。
――――――――――――――――――――――――――
あとがき。
一ヵ月と言っておきながら大変遅れまして申し訳ありません。
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