幕間
ユリフィス達がハーズの街を去ってから一ヵ月。
かつてベリル家が治めていた街には帝国魔法騎士団の一部隊が入り、現在は領主代理として第二皇子が直々に街を治めていた。
ベリル子爵家の屋敷。
今では金目の物が全て撤去され、簡易的に修繕されたそこを仮の住まいとして、アーネスは執務机に積みあがった書類の束と睨めっこしながらふと顔を上げる。
誰かの気配を感じると同時にノックの音が部屋に響いた。
「――入れ」
「失礼いたします」
禿頭の大男が丁寧に礼をして入室した。
帝国魔法騎士団副団長であるゴドウィン・エルバンである。
彼は抱えていた羊皮紙の束をアーネスへと差し出した。
「……これは?」
アーネスは苛立ちを押し殺して問う。
「今回ハーズの街で起きた反乱の一部始終についての調査報告書です」
「……ふむ」
さっと目を通すアーネス。
内容を要約すると、ベリル家の当主が全て悪いという一言に尽きた。
貴族の義務である領内の魔物の討伐を怠り、守るべき民衆を拉致して強引に犯す。
そして己に反抗的な態度の者は血統魔法によって処刑する。
そんな貴族がいるとは、正直思いたくなかったアーネスである。
何より、帝都に程近い街でこれほどの悪行が露見しなかった要因を重大事として捉えていた。
「……ん?」
そのまま読み進めていると、アーネスは不意に首を捻った。
「囚われていた女性たちと拉致した女性たちの数が合わないと?」
「はい」
「どういう事だ」
つまりこの屋敷の地下牢に囚われていた娘達以上に、拉致した人数はもっと多いという。
「残りの娘たちですが、恐らくはどこか別の場所に運ばれたのかと」
「どこだ、それは」
「現在調査中です」
「……」
アーネスは苦い表情で再び報告書に視線を向ける。
「……これには子爵を殺した下手人の存在が書かれていないな」
「それも現在調査中です」
「……教会で発見されたという神正教の英雄の死体。それについて分かった事は?」
「同じく現在調査中です」
「……」
民衆の反乱の裏で、何者かが教会と熾烈な戦いを繰り広げていた。
そして丁度反乱を起きた頃、この街に第三皇子が滞在していたらしい。
だがすぐにひっそりと街を出ており、関与しているかは不明だと書かれてある。
「……アレに何かできたとも思えんが、引き続き捜査を継続しろ」
「了解しましたが、一ついいですか」
「何だ」
背もたれに背を預け、軽く伸びをしながらアーネスはゴドウィンと視線を合わせた。
「第一皇子殿下は去年、辺境都市オルクへ視察に行っています」
「……」
「そしてこのハーズの街は、辺境都市への通り道。子爵が上手く取り繕ったのかもしれませんが、それでも第一皇子殿下は優秀なお方です。子爵の蛮行について何ら気付いていなかったとお思いですか?」
「……その言い方。お前は……気付いていて兄上が見逃したと言いたいのか?」
「その可能性もあると考えています」
「……」
以前なら、そんな事あるはずがないと即座に否定した。
しかしアーネスは無言で続きを待った。
「第一皇子殿下が視察の名目で訪れた場所では何故か行方不明者が出ています」
以前、宰相からの意味深な言葉と共に渡された地図。
そこには辺境都市オルク、鉄鋼都市アーゼンベルク、水の都アクアス、そして魔法都市アルヴァンの四ケ所に印が付けられていた。
全て第一皇子がここ数年で視察した場所である。
その四つの地点に騎士を派遣したところ、調査の結果行方不明者が続出している事が分かった。
行方が分からなくなった者達はいずれの街も少人数ではある。ただ原因も全く分かっていない。
偶然だと思えばそれまでだが、
「皇子と行方不明者。何かの因果関係があると私は考えます」
「……口に気を付けろ。兄上は関係ない」
その第一皇子は魔剣城に帰還しており、今は皇帝の代行として政務を取り仕切っている。
「申し訳ありません。ですが、もし第一皇子殿下が子爵の蛮行を気付いていて見逃していたら、またはこの帝国各地で起こる失踪事件に関与していたら」
ゴドウィンは神妙な表情で続けた。
「次の皇帝に推す事に少々不安を覚えてなりません」
「……」
「殿下は、どういたしますか」
「……どう、とは何だ」
「民を苦しめる者が次の皇帝となる事を良しとしますか?」
アーネスは怒りのままに執務机を叩いた。
「憶測で語るな。この話は終わりだ。もう二度とするな」
「……失礼いたしました」
頭を下げ、ゴドウィンは退出した。扉を閉める直前に第二皇子を見ると、彼は俯いていて表情が伺えなかった。
しかし、仲違いの芽はゆっくりと着実に育んでいる。
第一皇子と第二皇子を争わせ、内戦へと突入させる事。
それがゴドウィンに与えられたユリフィスからの命令である。
それぞれ帝国を代表する国軍の長を皇子らは兼任している。
帝国魔法騎士団の団長である第二皇子と、帝国魔砲師団の団長である第一皇子。
本当に内戦になれば、二つの強大な軍隊同士の戦いになり国は荒れ果てる。
二人の支持者に当たる多くの貴族達をも巻き込んだ巨大な内戦。
死者は恐るべき数に上るだろうが、自らの真の主の目的は新国家の建国。
今ある国を壊さなければ、新しく創る事はできないのだ。
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