第18話
ブラストは順調に騎士を減らしていた。
彼の身体能力はガーランドとほぼ互角である。
ブランニウル公爵家の騎士達は平均レベル35程度だが、ベリル子爵家の騎士達はレベル20程度。
レベルなんて当然ブラストには分からないが、体感で彼らがユリフィスの護衛をしていた騎士達より弱いことを察していた。
「か、囲め、囲むのだッ!」
一人を殴り飛ばす。その余波だけで数人が吹き飛ぶ。その繰り返し。
流石に数が多すぎて斬撃を幾度か貰うが、ブラストは多少の切り傷など諸共しない。
「……な、何の音だ?」
突然屋敷の方で、轟音が響く。騎士達が動揺した。
ブラストは悟った。おそらく中で第三皇子が暴れているのだろう。
(まあアイツなら大丈夫だろ)
初めて、ブラストは絶対に勝てないと思わされる相手と出会った。
同時にブラストは自分以上の強さを誇る年下の少年に興味があった。
何故自分以上に強いのに、自分を求めるのか。部下を集めて一体何を成すのか。
配下に欲しい。
そう言った彼の瞳に、嘘はないように思えた。
本当に切実に、望んでいるように見えた。
(クソ貴族の処刑を見届けたら、村を出るのも悪くねえ)
村での暮らしは悪くなかった。だが、小さな村の用心棒なんて元々性に合っていなかったのだ。
歴史に名を残すような豪傑になりたい。
それがブラストの夢である。
自分にはその力があるのに、世界が認めてくれない。
半魔である自分の居場所は限られているし、何より愛する者の傍からは離れがたい。だから本心を押し込めて、きっと今まで通りの生活が続いていくのだと漠然と思っていた。
「――そこまでだよ、化け物」
斬りかかってくる騎士達を殴り飛ばし続けていると。
気付けば周りには鎧姿の者達が無数に倒れ伏していた。
返り血が、マントや仮面に大量に付着している。
作業的に熟していた騎士達の無力化。それが耳障りな声によってふと我に返る。
「……てめえは……」
屋敷の正面入り口から十字剣を背負った優男が歩いてきた。
長い紫紺の髪は、まるで女のようにサラサラである。
「僕は【神正教会】最高戦力である【
「……ッ」
「抵抗してきた君を僕は殺したと思った。本来致命傷となる傷を与えたんだ。でも、流石は化け物だ」
(コイツだッ、コイツがレイサを連れ去ったッ)
恋人を連れて行かれた己の無力さを思い出してブラストが拳を握る。
しかし、あの時は我を失っていただけだ。
【鬼化】という切り札を使ってはいなかった。
ただ、ブラストは
それにしても能力値が倍増するので、本気を出せば充分すぎる程勝ち目はある。
「……と思っているね?」
「何……?」
まるで思考を読み取ったような彼の言葉に、ブラストは眉根を潜める。
「君らに勝ち目なんて端からないよ。連れてきて」
紫紺の髪の青年、ジゼルは背後の騎士にそう命じた。
すると赤髪の美少女が引きずられて出てくる。
「痛いのよあんたたちッ、あたしに何かあったらあの馬鹿本気で怒るからね? 絶対殺されるわ、あんたたち。人生終了のお知らせね!」
一つ結びにした赤髪が風に吹かれて宙を舞う。
幼げながら整った顔貌と勝ち気さを表すように吊り上がった眼。
チビのくせに出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる抜群のスタイル。
そしてピンチなのに人を煽るあの生意気さ。
「レイサッ!」
「あ、その声ブラストッ⁉」
二人は互いを認識して、片方は仮面の下で悲痛に歪み、片方は歓喜に表情を綻ばせた。
「……何のつもりだ? 何故レイサを……」
「それは当然こうする為だ」
青年は赤髪ポニーテールの少女――レイサの首元に十字剣の剣先を向けた。状況を把握した少女は表情を歪めて目の前のジゼルを睨みつけた。
「ひ、卑怯すぎるわよッ、あんた……あたしを人質に取ったらアイツ何もできずボコボコにされちゃうじゃない!」
「……」
一瞬何とも言えない顔になりつつブラストは青年を睨んだ。
「俺ならどうなっても構わねえ。だが彼女だけは解放しや――いや、してくれ」
「……化け物の要望を聞くつもりはない、僕の目的は子爵から依頼されたもの。その内容は襲撃犯二人の殺害だ。彼女を殺されたくなかったら、抵抗を止めてもらおうか」
「……クソッ」
ブラストは腕をだらりと下げた。鬼化には一瞬だけ時間を要する。
その間に彼女を殺されたらと思うと、ブラストは戦う気力がなくなる。
「そんな……ブラスト、いいのよあたしなんてッ」
「……」
「あんたいつか村を出てビッグになるって言ってたじゃない! あたしを大金持ちにして一生遊んで暮らせるようにするって息巻いてたじゃない!」
「……後半は言ってねえよ、こんな時にふざけてる場合かレイサ」
「いいや、言ってました! あたしを世界一幸せにするって言ってたもん!」
「……それも言ってねえ」
「死んじゃ嫌! 死んじゃ嫌! 死んだら許さな――」
「うるさいな、もう」
ジゼルはレイサの頬を叩いた。
「痛ッ」
瞬時に紅くなった頬に、彼女の瞳に涙が浮かぶ。
その光景に、ブラストは自身の視界が真っ赤に染まっていくのを自覚した。
「……おい! 女の顔を殴るんじゃねえよッ」
「化け物が怒るなよ。人間のふりをするな。【神正教】は半魔を許さない。人間に必死に擬態しているようだけど僕は騙されないよ。さあ、両膝を地面について両手は頭の後ろへ」
「……ッ」
怒りで身体が震えだしているのに。
ブラストは行動する事ができない。
(教会……! 貴族……! てめえらは許さねえッ!)
「よし、いい子だ化け物」
そう言いながらジゼルはブラストのフードを取り払い、仮面を外す。
「この角。まさしく魔物の大鬼そのものだ」
「……黙れ。俺が死んでも、お前はアイツに殺されるぞッ」
「そうはならないよ。僕は知っているんだ。彼もこの僕の剣で斬り裂かれると」
「冗談は髪型だけにしろッ、似合ってねえぞ、クソがッ」
「言葉を操る魔物なんて、生かしておいても不快なだけだね」
ジゼルはレイサに向けていた十字剣を取り払う。
そして今度はブラストの方に剣先を向けた。
「……君が死んだら素材はどうしようか。その角は高く売れるかな?」
「……俺が死んだ後の事なんて考えなくていい。どうせてめえも殺される」
「だからそうはならないって言っているでしょ」
振り上げられた十字剣。
自分を見つめる侮蔑の感情に満ちた男の瞳。歪に口角が上がった憎らしい笑み。
それら全てを不快に思いながら、ブラストは眼を反らさず睨みつけた。
心までは敗北しない。
「――ダメよ、あんたは。こんなとこで死んじゃダメ」
それが誰の声か、ブラストはすぐに分かった。
声が聞こえた時には全てが遅かった。
まるで抱擁するように、赤髪の美少女が両手を広げてブラストの目の前に身を投げ出していた。
彼女は優し気な笑みを浮かべて、ブラストの身体を勢いよく押した。
そしてその彼女目掛けて、剣は無慈悲に振り下ろされる。
(やめろッ……何でッ……?)
「――間に合った」
「え?」
ブラストを庇った赤髪の美少女を更に庇うように、どこからともなくやってきた漆黒のマントに仮面を被った人物が身体を重ねて盾とした。
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