第17話




 長剣でガラスを斬り裂き、屋敷内に入ったユリフィス。


 インクと木の香り漂うその室内に置かれている、ずらりと並んだ本棚の列。

 恐らくこの部屋はベリル子爵の書斎だろう。


 だがそこでユリフィスは内心首を捻った。


 当然だが、ユリフィスは予め一階にある書斎から侵入しようと決めていたわけじゃない。にも拘わらず、書斎の中には貴族服を着た者二名が潜んでいた。


 まるでここから侵入する事を読んでいたように配置された感じだ。


(子爵の血統魔法か? まさか未来予知でもあるまいし)


 そんな強力な魔法なら爵位はもっと上のはず。


「薄汚い賊めッ、我が一族の尊き血統魔法を見るが良い」


 ベリル子爵の親族だろう。

 男は手の先をユリフィスに向けると、そこからまるで弾丸のような何かが飛んできた。


 しかし、ユリフィスはそれを焦らず長剣の腹に当てて弾く。


「なッ⁉」


「石の弾丸か」


 顔を覆う仮面によって少し見にくかったが、ユリフィスの動体視力はしっかりと正体を捉えていた。

 ベリル子爵家の血統魔法は石を生成し、それを物凄い速さで射出する事で殺傷力を上げているのだ。


 街の広場に磔にされた死体が脳裏に過る。


 穴が所々に空いた無残なそれは、石の弾丸によるものだったのだろう。


「クソ、ならもう一発――」


 直後、ユリフィスが弾いた弾丸が室内にある柱にぶつかり、跳弾となって男に返ってきた。


「がッ⁉」


 肩を射ち抜かれ、床に崩れ落ちる男を他所に、ユリフィスは隠れてこちらを狙う女性の方に意識を移す。


「跳弾……まさか狙って……? いや、今は……!」


 再び石の弾丸。


 だが、今度はマシンガンのように連続で射出してくる。

 ユリフィスは本棚を盾にやり過ごした。


「……出てきなさい、卑怯者!」


 本も財産の一部である。

 流石に子爵家の財を弾丸で破壊する行為は躊躇うところのようだ。


 ユリフィスは本棚を上手く隠れ蓑にしながら彼女へ近づいていき、


「……ど、どこにいるのよ⁉」


 そう言ってキョロキョロ首を振る彼女の背後へ高速で移動したユリフィスは、最後まで気配を掴ませずに首に手刀を叩き込んだ。

 気絶した彼女と苦悶の声を上げる男を尻目にユリフィスは書斎を出た。


 警備の騎士達はその大半がブラストの方へ行ったのか、屋敷の中は比較的静かだ。


 メイドや執事たちは怯えた様子で廊下の隅に蹲っていたりと非戦闘員が多い。

 

(地下への入り口を聞きたいところだが……あまり喋りたくはない)


 後々、皇子としてこの街に来て子爵と接するつもりなのだ。

 襲撃者と同一人物だと気づかれたくはない。


 使用人なら猶更。

 仮面で多少はくぐもって聞こえるだろうが、肉声だから鋭い者は気付く可能性がある。


(……面倒だ)


 ユリフィスは屋敷の大広間まで歩を進めた。


 中央に上階に続く大階段はあっても、地下に続く経路は見当たらない。これだけの騒ぎにも関わらず、子爵本人らしき姿はない。


 恐らく上階にいるのだろう。とは言え今は彼自体に用はない。


 ユリフィスは地下へ続く通路を探すのを断念し、床に拳を当てた。


「……こっちの方が手っ取り早い。竜化」

 

 その瞬間、彼の右手のみ純白の鱗に包まれていく。

 魔力が凄い勢いで消費されていくが、ユリフィスのほぼ無尽蔵の魔力なら数時間は持つ計算である。


 倍に膨れ上がった筋力と硬質さがそのまま攻撃力に加算される。


 拳一発でユリフィスは床を叩き割った。


 轟音と共に崩れ落ちた床と共にユリフィスは地下へ落下していく。


「…当たりだな」


 着地して周りに視線を飛ばせば、そこは石畳に囲まれた陰気な牢獄である。

 突然降ってきた黒づくめの怪しい仮面の男に、鉄格子の中にいた女性たちが悲鳴を上げる。


 だが中には助けに来てくれたのではという希望を瞳に抱く女性もいた。


「あ、貴方は……?」


「……」

 

 特に名乗らずユリフィスは、前から歩いてくる四人の男たちに視線を留めた。ローブを着た者や鎧を纏った者等それぞれ武装している。


「……一族の二人は負けたか」


「所詮は分家の者よ」


「油断するな、お前たち。一階の床を壊して降りてくるなど、化け物染みた膂力の持ち主だ」


「その奇怪な仮面……どこかで見た覚えがあるな」


 左右の壁際に松明が置かれた地下牢の通路は一本道であり、更に遮蔽物がない。

 加えて、跳弾狙いで弾を弾いたら牢屋にいる女性たちに当たる可能性がある。

  

「賊よ。特別にベリル家の本当の魔法を披露してやる」


 貴族服を着たリーダー格らしき男が両手を前に出す。


 その瞬間、彼の周りに先が尖った石の剣が十数個生まれた。

 他の者は石の弾丸を生成するが、一発の大きさが先ほどよりも大きい。


 弾丸だけでなく、本人の技量と魔力量によって生成できる質量が変わるのだろう。


 視る限りでは魔法の練度は中々だ。この力を領民を守るために使っていれば何も問題はなかったのだが。


(弾いたりしたら人質に被害が出そうだ。かと言って避けられる広さもない。なら……)

 

 ユリフィスは長剣に魔力を纏わせる。


(確かこうだったか?)


 そして、魔力を身体にも流す。

 ユリフィスは素の身体能力だけで今まで切り抜けてきた。


 だが、ガーランドやその他の騎士は魔力を身体に流して身体能力を強化して戦う。


 技能スキルとしての【身体能力強化】。ユリフィスはそれを一度見ただけで覚えてしまった。


「無様に踊るが良いッ!」


 石の剣が。石の弾丸が。

 次々と迫りくる。


 目の前で始まった戦闘に女性たちの悲鳴が飛び交う。


 それら全てを把握しながら、ユリフィスは長剣を振った。


 そしてその一刀の剣圧のみで、魔法全てを吹き飛ばす事に成功した。


「「……は?」」


 砕け散る十数本の石剣に、砂状に崩れ落ちていく石弾。

 ベリル家の者達が固まる中、ユリフィスは瞬間移動にも等しいスピードで彼らの腹を殴りつけた。


「がッ⁉」


「ぎッ!」


「ぐッ」


「ごッ⁉」


 気絶した彼らから視線を外し、ユリフィスは長剣で女性たちがいる牢屋の鉄格子を斬り裂いて行く。


「あ、あれ……ま、魔法を斬ったの?」


「う、嘘……」


「もう終わった、の?」


 呆気に取られているのは女性たちも同じである。


「わ、私たち逃げてもいいのかしら?」


「……しかし子爵様に見つかりでもしたら……」


「あ、あたしは行くわッ! あの変態にいつ寝室に呼ばれるか気が気じゃないもの!」


 ユリフィスは全ての牢屋を解放して回った。


 しかし、赤髪ロり巨乳美少女の姿なんてことに気付く。

 確かに捕まっている者は皆傍目から見て可愛い娘たちだったが、条件に合う者は一人もいなかった。


「……レイサという女性を知らないか? 赤髪の少女だ」


 ユリフィスは仕方ないのでまだ出ていくか話し合っている女性たちに聞いてみる。


「……あ、えと、その子なら少し前に連れて行かれました」


「何?」


「……十字の形をした剣を背負った騎士に」


「……ッ」

 

 焦りから舌打ちをしたユリフィスは、自分の行動が全て無駄に終わった事を知る。


 ここまで来たら間違いない。何故ブラストの恋人だけが連れて行かれたのか。


 自分たちの目的がバレているとしか思えない。


 ユリフィスが急いで屋敷の正面入り口へ戻ろうと駆け出す直前、捕らわれていた娘たちの一人が問いかけた。


「私たちはどうすれば……?」


「……もうすぐこの街に護衛を引き連れた第三皇子が来る。彼を頼ると良い。それまで街中のどこかに隠れていろ」


「……だ、第三皇子、様? そ、それって……」


「半魔の子じゃないの……」


「……で、でも私ここに閉じ込められる生活なんてもううんざり!」


「私は行くわッ」


「うん、わたしも!」


 残念ながら、ユリフィスは覚悟を決めた女性たちに付き添っている場合ではない。


「一階にある書斎の窓ガラスを割ってある。そこから逃げろ」


 もし逃げられなかったらそれまで。


 冷たいかもしれないが、ユリフィスの優先事項は彼女たちじゃない。

 将来の臣下。


 原作で最期の瞬間までユリフィスに忠誠を誓っていたブラスト。

 その姿をユリフィスだけは知っている。

 

 同じ半魔の仲間。


 世界の嫌われ者。その痛みを共有する者。


 彼が愛する者を失わずに済む世界線に導く。

 それがゲーム上で自分に尽くした、彼に対する唯一の報酬になる。 

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