第16話
貧民街には、闇市というものがある。
ハーズの街の隅の方にある貧民街に立ち寄った二人。
テント造りの簡素な露店が並んだそこで、怪しげに笑う鷲鼻が特徴の老婆からユリフィスは買い物をして変装用品を揃えた。
まず容姿を隠す仮面。
【殺人者の仮面】防御力+1
レア度E
とある殺人鬼が犯行時に着けていた仮面。防具としての価値はほぼない。
それから身体を覆うフード付きのボロい漆黒のマント。
【帳のマント】防御力+10
レア度D
認識阻害の効果を持つ、
ちなみにユリフィスが着けている
その能力によってとりあえず今最も有用な装備を選んだつもりだ。
「フードは被っておけ。その角を隠せる」
「ああ分かった、早く、早く行くぞ!」
恋人を目の前に焦るブラストに、ユリフィスは彼の分の【殺人者の仮面】を手渡す。ちなみにユリフィスとブラストで、若干仮面のデザインが違っている。
それとお金はユリフィスが着ていた純白のマントを売り払って工面した。
本来金貨数枚の価値があるマントを、低級の装備数点にぼったくられた事にユリフィスは若干ショックを受けていた。
一度店主の老婆を軽く睨んだ後、貧民街を抜けて街で一番大きな屋敷へ向かう。
村とは違って、街には街灯があるため夜でも明るい。
魔動石と呼ばれる鉱石は、魔力を注ぐと明るく光る。
その特性を使った街灯である。
その灯りのせいでよくわかる。
大広場に磔にされた男女の死体が十人程度晒されている。
比較的腐敗が進んでいない者から、もはや所々骨が見える者まで。
その姿は弾丸でも浴びせられたように穴が何十か所と空いている。
二人は人目を避けるために屋根上を走りながら、その光景に顔をしかめた。別に可哀想だと思ったわけじゃなく、風に乗って死臭が鼻をつくからである。
「……もしかして反逆した者達か」
「お前も仲間入りするかもなぁ」
どこか脅かすような口調で告げるブラストに、ユリフィスは鼻を鳴らした。
「……作戦はどうする」
「んなもん正面突破だろ!」
「……そうか。ならお前はそうしろ。敵がお前に気を取られている内に俺が屋敷内に忍び込み、人質の位置を探っておく」
「俺がレイサを助け出したいんだが!」
「なら役割を変えるか?」
「……いや、俺はちまちま探るなんて性に合わねえ」
「じゃあ役割はそのままで。最優先でお前の恋人を助けてやる。特徴を今の内に言え」
ブラストは足を止めずに考え込んだ後、叫ぶように言った。
「まず世界一可愛い顔をしてるッ」
「……あとは」
ユリフィスはフリーシアの方が絶対に可愛いなと思いながら続きを促した。
「髪色は炎のように鮮やかな赤だッ! それを一つ結びにしてるッ」
赤髪と言えば、ブラストがいた村の村長を思い出す。
もしかしたら彼の娘なのかもしれない。
「可愛くて、赤髪ポニーテールの娘と」
「そうだ。あと背は結構小さいッ」
「……ふむ?」
「顔立ちの特徴はそうだな、年齢は俺と同じくらいだが結構童顔だ、よく十二歳くらいに間違えられるッ」
「……」
ユリフィスは若干引いていた。
(コイツ、ロリコンじゃないか)
決め顔で「よく十二歳くらいに間違えられるッ」じゃねえよと思ったが口には出さない。
「だがスタイルは結構良いッ!」
「……」
(え? つまりロり巨乳という事か?)
ゲーム上のブラストは【覇道六鬼将】の中で一番残酷な性格だった。
恋人に夢中の現在の彼とは物凄くギャップがある。
(……まあ人ぞれぞれ好みはある。ここは配下の好みに寛容であるべきだろう)
そうこうしている内に薄っすらと辺りが明るくなり始めた。
できれば朝になるまで片を付けたいところだ。
「――お前が本当にアイツを助けてくれるなら、俺は子分でも何にでもなってやる!」
「その言葉、忘れるなよ」
眼下に見える大きな屋敷を睨んだ後、ブラストはそう告げて大きく飛び上がりながら下に降りた。
そして子爵家の門の前に着地した彼は、拳一発で子爵家の屋敷の門を粉砕した。
門番は突如として現れた謎の襲撃者の姿に対抗できずに殴り飛ばされる。
しかしその後、ユリフィスはまるで
瞬く間にブラストが取り囲まれるが、そこはステータスの差で諸共せず反撃に出ている。
「……とりあえず作戦通りに行くか」
ブラストに注意が向いている内に、ユリフィスも壁を飛び越えて屋敷の敷地内に入った。
手入れされた広い庭、そこにある木々を隠れ蓑にしながら屋敷の裏手へ近づく。
「まさか本当に襲撃されるとはッ」
「……正面へ急げッ、我々も加勢に」
裏手を守っていた騎士達も正面へ回るつもりのようだ。
だが、そうはさせまいとユリフィスは姿を現して長剣を抜かず応戦する。
「……二人目の賊かッ!」
「ここで成敗してくれる!」
ユリフィスは二人の騎士の剣撃を躱してどちらにも蹴りを入れる。
一人は吹っ飛んだ後で気絶し、もう一人は意識があるまま痛みに呻く。
ユリフィスは意識がある方の元に歩み寄り、長剣を鞘から抜いて首元に添えた。
「……人質の居場所は?」
「……くッ、殺せッ」
壮年の男に言われても特に何とも思わない。
「お前たちは騎士だろうが。本来は子爵家の家臣として領内の魔物と戦うはずの者達。それがどうして領民を虐げる子爵に与したまま従っている?」
「……お、俺たち平民は子爵様に従うしかないんだッ、魔法は恐ろしい……俺だって理想を抱いて騎士になった……だが、子爵様の蛮行に怒った隊長は何もできずにズタズタにされたッ!」
「……」
「あ、あんな死に方は俺はごめんだッ」
恐怖の刷り込み。
それが騎士達が子爵に従う理由。逆らわない理由。
「……なら尚の事俺に教えろ。騎士の精神が残っているなら人質の居場所を。言わないなら殺す。飛び切り無残にな」
ユリフィスは騎士の喉に長剣の刃を食いこませた。
「ぐッ、わ、分かった! 人質は地下だ、地下牢に皆収容されてるッ!」
「……そうか」
ユリフィスは怒声が響き渡る屋敷正面の方に一瞬視線を向けた後、一階の窓ガラスを割って中へ入る。
その姿を見送る騎士は安堵の表情を浮かべた後、首元を押さえて僅かに笑みを浮かべた。
「……あんたもどうせ無謀な正義感を抱く平民だろ? 魔法使いの恐ろしさを特と味わえば良い」
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