第13話
子爵の部下に当たる騎士達がこの村にやってきたのは二日前の事らしい。
だが以前から継続的に子爵は人質政策を続けてきていたようである。
ゲーム上のシナリオでも、血統魔法を持って生まれた貴族は選民思想に取り憑かれたようにこういった行為を平然とする者がいた。
特別な力があるから、領民を守る義務がある。とは考えないらしい。
特別な力を持つから、何をしても許される。
そう解釈する貴族は思いのほか多いのかもしれない。
ベリル子爵家の方は帝都にいる宰相や第二皇子に報告しておけば勝手に処理されるだろう。
貴族の役目を放棄した者は法で罰せられる。領地や財産は没収となり、子爵本人は死罪が妥当だ。
第二皇子アーネスはユリフィスにとっては敵だが、帝国の民にとっては真っ当な正義感を持ち合わせた庶民の味方である。
だが、問題は正攻法だとどう考えても時間がかかりすぎてしまうところだ。
その間にたくさんの女性が毒牙にかかる可能性がある。
子爵の屋敷があるのはこの辺一帯の中では一番大きな街であるハーズの街だ。
だから一度街に立ち寄り、第三皇子の地位にあるユリフィスが諫めれば、子爵も蛮行を止める可能性がある。
そう伝えると村長は泣いて喜んだ。何度も何度も頭を下げた。
顔や手足に浮いた痣が痛々しいが、それでも顔をしわくちゃにして喜んで見せた。恐らく娘を連れて行かれた時、彼は抵抗したのだろう。
出発は明日の朝。
全速力で街に向かうとユリフィスは約束した。しかし、
「――村長にはああ言ったが、俺は今から村を出て一足早く街に潜入しようと思う」
話し合いが終わり、村人たちが寝静まった頃。
村長宅にあるそこそこ広い部屋に、ユリフィスは婚約者であるフリーシアと傍仕えであるマリーベル、それから護衛部隊の責任者であるガーランドを集めた。
「目的は当然人質の解放だ」
「……皇子、それは貴方一人で行かれるという事か?」
「ああ」
ユリフィスは近くの木製のテーブルに地図を広げながら、
「今から出発すれば未明頃には着く。そして朝方に出発したお前たちがベリルの街に着くのは恐らく明日の昼頃になるはずだ。それまでに捕らわれた人質を解放しておき、あとはお前たちと合流して素知らぬ顔で街に入る」
正確にはユリフィス一人で計画を実行する気はないが、今はいいだろう。
「……それから子爵を糾弾して帝都に報告の文を送る。救出するなら時間は早い方が良いはずだ」
「なら、その役目は儂でもいいはず。夜の移動は大変危険が伴う行為。皇子がわざわざ動く必要はありますまい」
「ベリル子爵は貴族だ。屋敷内には一族の者たち、つまり血統魔法の使い手も多くいるだろう。お前でも後れを取る可能性はある」
子爵の実力がどれ程か分からないが、恐らく一対一なら確実にガーランドが勝つだろう。レベル60台等、ゲームでも終盤でしか登場しない。
だが、血統魔法を持つ者と持たない者。
その差は本来乗り越えられない壁でもあるのだ。
平民が貴族に逆らわない理由はその血統魔法の恐ろしさにある。
「……安心しろ。正体がバレないよう上手く立ち回るつもりだ」
「……そこは心配しておりません。ただ儂は公爵から皇子を守るように命じられている」
「悪いが、俺も今回は譲れない」
角の生えた半魔の青年、ブラスト。
彼は未来の臣下。
仲間に迎え入れる為には、ユリフィス自らが問題解決の為に動かないといけないだろう。
「……ここの村の人ってさ、半魔やハーフを見ても態度変えないよね?」
「……そうだな」
マリーベルが静かに語りだしたのを見て、ユリフィスは耳を傾ける。
「だからユリフィス、力を貸してあげたいって思ったとか?」
「……それもある」
嘘ではない。
十割の内でいったら一割もないが。
「……うーん、でもでも一人でなんて、やっぱり危険だしね?」
心配そうに胸の前で手を組むマリーベルからユリフィスは視線を反らす。
その姿勢は胸部が強調されるので目に毒だ。
「……私も一人では危険だと思います」
今まで無言だったフリーシアも反対のようだ。
彼女はユリフィスと正面から向き合い、視線を合わせた。
「……なので私も行きます」
「絶対にダメだ」
「な、何故ですか……」
優し気なタレ目を上目遣いにして懇願するフリーシアに、思わず無条件で頷くのを我慢しながら首を左右に振る。
誰か助けを求めている人がいたら、真っ先に手を貸すような性格は原作主人公、彼女の兄であるアークヴァイン王国第一王子とよく似ている。
「俺は自分で言うのも何だが強い。心配してくれるのは有り難いが、それはガーランドが保証してくれる」
「……私は……いつもベッドで横になっているお姿しか拝見しておりません。それに、私の血統魔法はとても役に立つはずです」
「……君はこの国の王女じゃない。これは帝国の問題だ。俺は皇子として解決する義務がある」
実際ユリフィスはそこまで高潔な精神を持ち合わせていない。
ただブラストが仲間に欲しいだけである。
フリーシアにはこの言い訳が効果覿面なはずだが、
「しかしいずれは……貴方様の妻になる身です」
妻という単語にフリーシアは若干頬を染めながら言う。表情自体は真剣そのものだ。
「……フリーシア」
ユリフィスは考える。
どうすれば彼女を説得できるだろうか。外見は保護欲をそそる幸薄そうな雰囲気なのに、こういう時は頑固なのだ。
(素直に言うべきか。安全な場所にいて欲しいと)
困ったように、ユリフィスはフリーシアを見つめる。
すると、彼女は唇を噛んで俯いてしまった。
「……その目……ユリフィス様はズルいです」
「……ズルい?」
「……貴方が誰かを心配するのと同じように、貴方を心配する者もいるのです」
「……」
ユリフィスは無言で、ただ彼女が答えを出すのを待った。
しばらくしてから、フリーシアは細く息を吐いて頷いた。
「……絶対に無事でいてくださいね」
「……ああ」
「む、無茶は決してしてはいけません。危険だと思ったら、私の元まですぐに帰ってきてください」
ユリフィスの手を、フリーシアは温かい手で包んだ。
初心な彼女が自分から接触してきた事に内心ユリフィスは驚くが、案の定フリーシアは耳まで朱に染めていた。
「分かった。必ず無事で帰ってくる」
何だか念を押しすぎるとフラグが立ちそうなので、ユリフィスはこの辺で言葉を切り上げる。
それから彼女の手を握り返すと、フリーシアはぴくっと身体を震わせながら儚げに微笑んだ。
「……う、うーん、何か凄く居づらい、ですね。ガーランドさん」
「……」
マリーベルとガーランドの両者の反応は気に留めず、ユリフィスは立ち上がった。
「……剣を一本借りていく」
「……では儂の剣を。中々の業物です」
「助かる」
剣は護身用だ。
目的はあくまで人質の解放。
子爵を罰するのはユリフィスの仕事ではない。法の仕事だ。
* * * * *
ユリフィスが村長の家を出て門付近まで歩いていると、二人の男の声が耳に届いた。
何やら言い争っている声だ。急ぎ足で現場に行くと、既に角の生えた青年と彼の父を名乗っていた自警団長のハリスの姿があった。
だが、真剣な表情で何事か呟くブラストに、ハリスは目を見開いた後、力なく首を縦に振った。
そのままブラストは一人で村の外の方へ歩き出した。
どうやら話が終わったようだ。
ハリスは足音からユリフィスに気付き、一瞬にして狼狽しだした。
「……え、皇子、様? 何故ここへ」
「恐らく彼と同じ理由だ。アレの安全は保障しよう」
「は? え、はい、あ、ありがとう、ございます……?」
動揺冷めやらない彼を他所に、ユリフィスは夜の闇に紛れそうになる鬼人の背中を追いかけた。
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