第12話





 ユリフィス一行はあれから数時間程馬車を走らせ、無事直近の村に着いた。


 村を囲っているのは木の柵で覆われた非常に簡易的な防壁だった。

 しかし所々鋭利な刃物で切り裂かれたように壊れている。


 遠巻きに確認できる村民達の様子はどことなく感じが悪い。


 ユリフィス達が乗っている大きな馬車に、それを護衛する軍馬に乗った十数名の騎士達。


 威圧的で怖いのは確かなので怯えるだけならまだ分かるが、村人達から若干の敵愾心が感じられる事にユリフィスは疑問を抱いた。


「――ぞろぞろと大勢で立ち入って済まない。この村の責任者は前に」


「は、はいッ。私でございます」


 村長らしき男とガーランドが会話しているのを他所に、ユリフィスは馬車の窓にかかるカーテンの隙間から外の景色を覗き見る。


 馬の音に気付いた村人たちが何事かと広場に集まってきている。だが、


 集まった村人たちの多くが男性だ。女性もいるが、全員老婆や中年の女性しかいない。

 

 彼らは馬車を見た途端その瞳に好意的な色がなくなる。


「……この村の人たちは貴族が嫌いなようだな」


「……そのようですね。それに若い女性の方々が極端に少ないように見受けられますが」


 フリーシアは表情を曇らせながら眉根を寄せた。


「……貴族って普通の平民達にとっては敬う対象なんだよね――じゃなくて、なんですよね?」


「マリーベル。人の目がない時は普通でいいぞ」


 ユリフィスは公の場以外で、彼女の言動を縛る必要はないと思っていた。


「……帝国では血統魔法を持ち、魔物に対抗できる貴族は自分の領地にいる平民達を守る事を義務付けられている。だから本来は守ってくれる相手を嫌うなんて、おかしい事は確かだ」


 魔物や盗賊の被害が出たら地方領主は率先して狩りに行き、貴族家だけでは対応が難しい場合は帝都から魔法騎士団が出動する。


 そういう手筈となっている。


 血統魔法という明確な力があり、地方領主というある程度の権力を持つ貴族は生まれながらに特権を持つ。

 その一方で、だからこそ平民たちを守る義務があるのだ。


「……村を取り囲む木の柵は酷く傷ついていましたが、人為的なものだと思いますか?」


「どうだろうな。その辺も聞いておきたいところだ」


「……アレは魔物によるもんだ」


 そのユリフィスの何気ない呟きに返答したのは、今まで意識を失ったままだった角の生えた青年である。


「お、起きちゃった……」


「……ユリフィス様」


 ゆっくりと起き上がり、逆立った灰色の髪と人相の悪い顔付きを活かして、青年は対面の席に座るユリフィスを威嚇するように睨んだ。

 戦闘中は確認する暇もなかったが、間近で見ると少年の瞳は半魔の証である紅色だった。


「クソッ、結局戻ってきちまったか。時間がねえってのにッ」


「……お前はこの村出身なのか?」


 その問いを無視して、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた青年は馬車の扉を開けて降りた。


 すると村人達からすぐに驚きの声が上がった。

 

「ブラストッ、お前今馬車から!」


「戻ってきたのか⁉︎」


「……ど、どういう事だ? この馬車はベリル子爵と無関係なのか?」


 一瞬で村人の輪の中に溶け込む角の生えた少年――ブラストを中心に喧騒が大きくなる。


 その光景に瞳を細めながらユリフィスも続いて馬車から降りた。


「……ふむ」


 ユリフィスは村長と話し込むガーランドに近づく。


 周囲にいる村民らはマントに身を包み、豪華な衣服と片眼鏡を付けたユリフィスの姿に慌てて頭を下げた。


(この村の人々はブラストに偏見なく接している。加えて俺を見ても特に思うところはないと。それ以上にこの辺り一帯を治めているベリル子爵を嫌っている)


 村人たちがベリル子爵に何らかの不満があるのは確定のようだ。


「……皇子」


「ガーランド。気になる事がある。幸いにもこの村の人々は俺に対して嫌悪感がないらしい。だとすれば直接彼らの話を聞きたい」


 村民の話を聞けば、恐らくブラストが抱えている問題も見えてくるように思える。


 




* * * * *







「まずは村長。夜分に訪れた我々を受け入れた事、礼を言おう」


「も、勿体ない言葉です、はい」


 ユリフィスらは村長宅に招かれて、木製の長テーブルを挟んで話し合いをしていた。


 既に辺りは夜の闇に包まれている。


 村長宅はランプの灯りが精いっぱいの光源らしいので、ユリフィスは再び【獅子王の光炎】を使い、金の炎を宙に浮かせて周囲を明るくしていた。


 それによって、目の前にいる赤い髪の男性ーーこの村の村長の顔や手足に、暴行されたような事もしっかりと確認できた。


「まずは自己紹介から。俺は帝国第三皇子ユリフィス・ヴァンフレイム。隣が婚約者で隣国の王女フリーシア・アークヴァインだ」


 ユリフィス側でこの場にいるのはフリーシアに加えて護衛であるガーランドのみだ。

 ちなみに彼は椅子には座らず二人の背後に立っている。


 人数が少ないのは、あまりぞろぞろいても萎縮されるだけだろうというこちら側の気遣いである。


「皇子様と王女様ッ⁉ え、そ、そんな御方達がこんな小さな村にッ⁉」


「貴方の隣に座っている男と縁ができてな」


 ユリフィスは村長の隣で胡坐をかいて貧乏ゆすりをしている不機嫌なブラストに流し目を向けた。


「……お、皇子様。もしやコイツ粗相か何か、とにかくご迷惑をおかけしませんでしたか?」


 粗相どころか、襲撃をかけてきたヤバい奴というのがこちら側の認識だが、それを言ったら彼の立場が悪くなるだろう。

 というか、


「……貴方がこの村の自警団長かな?」


「あ、そ、その通りですッ。んでもって、コイツの父です!」


 ユリフィスはブラストの隣で彼の頭を下げさせようとする三十代程の男を見つめた。


 ブラストの父というのは育ての親という意味で、本当の父ではないはずだ。


 何故なら大鬼という魔物は雌がいないので、必然的に彼は実の父ではない。


 この場に村側の立場で同席しているのは村長に加え、ブラストと自警団長である。


 だが小さい村の自警団長にしては身体が驚くほど鍛えられていた。元騎士や傭兵の類だろう。

 ユリフィスは魔力を【探究者の義眼】に送って魔道具を起動させる。



名前 ハリス

レべル:50

異名:重剣(大剣装備時、攻撃力5%上昇)

種族:人族

体力:416

攻撃:177

防御:180

敏捷:174

魔力:35

魔攻:0

魔防:29

固有魔法:【なし】

血統魔法:【なし】 

技能:【身体能力強化】



 軽く目を見張る。

 ブランニウル公軍の騎士より余程強い。


 流石にガーランドには劣るが、小さい村には十分すぎる程の実力者だ。

 

「……まず我々の目的は俺自身の体調が芳しくないので、療養の為に温泉街としても有名な辺境都市オルクへ行く事だ」


 体調が良くないというところでブラストが口をへの字に曲げた。


「嘘をつくな、嘘を」


 彼の小声にフリーシアが苦笑し、ユリフィスは無言で流す。


「そ、そうなのですか……ではベリル子爵とは全くの無関係で……」


 ほっと胸を撫で下ろした村長の様子を見て、ユリフィスは続けた。


「見たところ、ベリル子爵はどうやら貴族としての役目を放棄しているようだな」


 領地を治める資格なしと判断されたら、本来は投獄された挙句領地も永久に没収される。


 第二皇子アーネスはこの世界で真っ当な正義感を持つ人物だ。


 彼は半魔などの、世界にとって害悪とされる存在には厳しいが、民を蔑ろにするような腐敗した貴族もきっと許さない。


「村を囲う柵を壊したのは魔物だと聞いたが、それは本当か?」


「あ、実はそうなのです。東の森からナイトウルフの群れが人の匂いが辿って村にやってくるのですッ」


「……本来はそこで領地を治める貴族の出番だが」


「ベリル子爵は自身の領地で起きる被害全てを各自の村々や街の自警団に任せていますッ。私どもの村はこのブラスト君と自警団長のハリスのおかげで、人的な被害は出ておりません。しかし他の村々では……」


「……可哀想に……」


 フリーシアが瞑目しながら俯く。ユリフィスは嘆息しながら続きを引き取った。


「被害が出ていると。だがそれでも軍を派遣していないのか?」


「……はい。子爵は我々の事を自分の奴隷だとしか思っていません……! いや、同じ人族とすらもはや思っていないかもしれない……」


「どういう事だ」


 不穏な話の展開に、珍しく険しい表情を浮かべるフリーシアと視線を通わせながらユリフィスは耳を傾ける。


「……我々平民は安全が保障されない場所で暮らしていきたいとは思いません。貯えがある者であれば他領地に逃げる道を選びます」


 逆らうという道はないのだろう。


 血統魔法を持つ者と持たない者。

 貴族と平民。


 その差は一生うまる事はない。


 両者の力の差は予想以上に大きいのだ。


「ですが勿論、人がいなくなればそれだけ税収は減ります」

 

 フリーシアは何かに気付いたように顔を上げて、悲痛な面持ちで呟いた。


「……まさかそれを防止するために」


「はい、王女様。見ての通りこの村の中にはほとんど若い女性がいません」


 村長は、瞳に涙を浮かべながら握った拳を卓の上に置いた。


「――子爵は我々に他領地へ逃げる事を禁じるために家族を人質として連れて行きました。かくいう私も娘を……連れていかれましたッ」


「……ッ」


 ブラストの表情が憎しみに染まる。


「ベリル子爵は好色家として有名なのです! 人質として連れていかれた者は……もしかしたら強制的に妻にされているやも……」


 どうやらベリル子爵というのは、相当なクソ野郎らしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る