第10話



 ユリフィスにとって生まれて初めての旅は概ね当初の予定通りに進んでいた。


 宿場街を治める代官の邸宅に一泊してから、第三皇子を護衛する部隊は出発する。


 ちなみに代官宅ではハーフのメイドを連れている事等々で多少問題は起きたものの、ブランニウル公軍の騎士達に守護されているため、騒動は大きくならずに済んだ。


 代官の男は本心を隠して歓迎しながらも、見送りには理由をつけて参加しなかった。


 今に始まった事ではないのでユリフィスは気にせず馬車に揺られながら、移り行く風景を窓から眺めていた。


「――殿下。少々問題が発生しました」


 宿場街を離れてしばらく。

 外にいる騎士の一人が声をかけてきた。


 馬車の速度が段々と遅くなり、やがて完全に止まる。


 ユリフィスはフリーシアと顔を見合わせながら、


「何があった」


「……街道に青年がいます。避けるよう勧告しても錯乱しているようで話が通じません」


「……角が生えた?」


 ユリフィスは顎に片手を添える。

 もしかしたら、予想以上に目的の人物と早く会えた可能性がある。


 幸先が良いとはこの事だとユリフィスは心の中で笑みを浮かべるが、フリーシアやマリーベルの不安そうな表情を見て我に返る。


「大丈夫。俺が出よう。彼の話を聞いて――」


 その瞬間、叫ぶような怒号が飛び交い、続いて騎士達の悲鳴が耳に届いた。

 それから剣戟の音も甲高く響きだして、傍にいる騎士が慌てて馬車を引く御者に命令した。


「で、殿下をお連れして早く逃げろッ! 何なんだ、あの男はッ⁉︎先生と互角に渡り合っているだとッ‼︎」


「おい、何があった?」


 ユリフィスの言葉には何も返ってこない。


「ユ、ユリフィス様……何がッ」


「角が生えてるって……もしかして半魔の子かな?」


「……一応フリーシアは血統魔法を発動しておいた方が良い」


 ユリフィスは自らの婚約者と傍仕えに声をかけた後、Uターンしようとする御者に馬車の窓を開けて指示する。


「馬車を止めろ。様子を見たい」


「いえ、フリーシア殿下の安全の為にはこのまま離れた方が良いかと」


「あ、そう」


「少し揺れますのでお気をつけを」


 ちなみに御者はフリーシアと共にアークヴァイン王国から来た侍女なので、主の安全を優先したらしい。


 白と黒のツートンのメイド服を着たメイドは華麗に手綱を引いて馬車を操る。


 清楚な顔に似合わず豪快な彼女の運転によってぐるりと勢いよく回転する馬車。

 遠心力に耐え切れず、フリーシアが前のめりで倒れそうになるのをユリフィスはすかさず抱きとめた。


 ちらりと横を見るとマリーベルは座席に頭から突っ込んでいた。


「ふぎゃっ」


「……何でそうなる」


 メイド服のスカートが捲れて純白のパンツが丸見えだが、ユリフィスは見なかった事にしてフリーシアに怪我がないか彼女を見下ろす。


「あ、あの……ありがとう、ございます……」


 フリーシアの印象的なタレ目が上目遣いでユリフィスを捉え、礼を言った後彼女は恥ずかしそうに俯いた。


 彼女の髪色と同じ銀のまつ毛は驚くほど長く、きめ細かいすべすべの白い肌が果実のように赤くなる様にごくりと生唾を飲み込む。


 加えて年齢以上に豊満な胸部が身体に当たり、その柔らかさを感じてユリフィスの心臓の音がどんどん早くなるが、今は硬直している場合じゃないと首を左右に振った。


 ユリフィスは己の婚約者を座席に座らせてから、


「え、ユリフィス様……?」


「ま、まさか危ないってッ!」


 ユリフィスは仕方ないので走行中の馬車から扉を開けて飛び降りた。


 彼女たちの静止を聞かなかった事は後で謝ろうと思いつつ着地すると、僅かに沈み込むような土の感触が感じられる。


 ユリフィスは外に出た記憶も僅かしかない。

 だからか、地面の感触が新鮮で思わず足踏みしていると、なんだか少し楽しく思えてくる。


 皇子が飛び降りても止まらずに走っていく馬車を見送り、ユリフィスは喧噪のする方へ視線を向ける。


「お前ら騎士だろッ! だったらクソ領主を今すぐ捕まえに行けよッ!」


「……意味が分からん。まずは拳を下ろせ。儂の仕事は第三皇子の護衛。邪魔するなら叩き斬るぞ、クソガキが」


 護衛部隊の責任者である隻眼の騎士ガーランドと真っ向から剣を交じ合わせているのはユリフィスよりいくつか年上に見える体格が良い青年だった。


 だが、ただの青年ではない。


 逆立った灰色の髪に、頭部から二本の小さい角が生えていた。


 よく見ると顔立ち自体は整ってはいる。

 しかし泥汚れと栄養失調に加え、目付きが異常に悪いので女性にはモテないだろうとユリフィスは心の中で冷静に評した。

 

「ぐッ、がはッ……」


「う、くぅ……」


 周辺には数人騎士たちが倒れている。

 ユリフィスは【探究者の義眼】を使い、彼らのステータスを見てみるとレベルが30そこそこ、高い者では40くらいの者もいる。


 命に別状はなく、出血は驚くほど少ない。打撲や殴打等の攻撃で動けなくされているようだ。


「で、殿下ッ! ば、馬車の中にいたのでは⁉」


 まだ無事である十人近い騎士たちがユリフィスに気付いて声をかけてくるが、


「……君たちは加勢しなくていいのか?」


「せ、先生が手出し無用と言うので」


「……なるほど」


(まあ邪魔に思われたんだろうな)


 一般的には手練れに位置するブランニウル公軍の騎士達を峰内で倒し、尚且つレベル60を超えたガーランドとまだ若い年で真正面から渡り合う青年は異常だ。


(流石は未来の俺の忠臣だ)


 恐らく彼はゲームで魔導帝ユリフィスを支えた最強の六将軍、【覇道六鬼将】の一人である。

 

 現状のステータスがどれ程のものか興味を引かれたユリフィスは、【探究者の義眼】を使って調べた。




名前 ブラスト

レべル:18

異名:なし

種族:半魔【鬼人】

体力:680

攻撃:206

防御:200

敏捷:203

魔力:18

魔攻:0

魔防:9

固有魔法:【なし】

血統魔法:【なし】 

技能:【鬼化】【再生】



 


 ガーランドよりレベルが圧倒的に低いにも関わらず、ステータスは同程度。


 両者の才能の違いを感じさせるステータスである。

 

(……そして名前がブラスト。やはり……)


 【覇道六鬼将】ブラスト。

 魔導帝ユリフィスの忠臣の一人であり、高威力の物理攻撃を連発してくる近接最強の武人である。


 原作が始まるのは四年後なので、まだ幼さが残る彼の容姿に目を細める。

 だが、どんどん激化していく剣と剣のぶつかり合いを見て我に返った。


 呑気に観察している場合じゃない。彼が抱える事情を聞く為にも、一度冷静にさせようとユリフィスは久しぶりに己の魔法を行使した。


「最近手に入れたこれで行こうか」


 ユリフィスが右手のひらを持ち上げ魔力を集中させると、そこに金色の炎が生まれた。

 しかし、それを見て何よりブランニウル公軍に所属している騎士たちが動揺した。


「な、黄金の炎……?」


「馬鹿なッ、それは――」


 炎は急速に膨れ上がり、巨大な獅子を形作る。


 ユリフィスが行けと命令すると、獅子は地面を陥没させ勢いよく飛び出していく。

 そして今まさに鍔迫り合い中のガーランドと青年の間に割って入った。


「あっぶねッ、何だコイツはッ! 魔物か⁉」


「……これは公爵の……」


 悪態をつく青年――ブラストと呆然とするガーランド。


 獅子は隻眼の老騎士には目もくれず、ブラストに炎の爪を振り下ろした。

 華麗に避けながらブラストは剣を振るうが当然炎の身体は傷一つ付かない。


「クソッ」


 逆に彼が持つ剣の刀身が融解して解けてしまった。

 だがブラストはそれでも切り替えて獅子の牙を搔い潜り、


「てめえが魔法の使い手だろ! クソ貴族ッ!」


 ユリフィスの姿を見つけて一目散に突っ込んでくる。


 魔法に驚いていたガーランドは、護衛対象を危険に晒してしまった事を悔いた。もう間に合わない。


 騎士たちはユリフィスを庇おうと前に出るが、ブラストの身体能力はその上を行く。

 彼らの攻撃を避けながら半魔の青年が拳を振り上げる。


 だがユリフィスは危機感などないように、いつもと同じ無表情で構えるでもなく自然体で立っている。


「はッ、肉弾戦は得意じゃねーよーだな!」


「そうとは限らない」


 ユリフィスは細身の体躯から放たれる砲弾のような拳を事も無げに片手で受け止めた。


「……は?」


 呆気に取られるブラスト。

 彼を前に、ユリフィスは滅多に見せない驚くほど優し気な表情を浮かべて腹に蹴りを放った。


「ちょっと痛いが、まずは冷静になってくれないと」


 風圧だけで周辺の草木がのけぞる。

 そんな威力のユリフィスの蹴りが入った。

 

 くの字に折れ曲がった青年の身体。

 顔は驚きで目を見張り、視線はユリフィスを捉えている。


 血走った眼は、何かを強く訴えているように見えた。


「ぐがッ!」


 蹴られた衝撃で地面を勢いよく滑っていく青年は、しばらくして止まり動かなくなった。

 気絶したのだろう。


「……皇子。聞きたい事は色々とあるが、まずはご無事で何より」


「ああ」


 剣を鞘に仕舞いながらやってきたガーランドに返答しながら、ユリフィスは未だ固まっている騎士達に命令を出した。


「……まずは負傷者の手当てを。ここであの青年が目を覚ますまで休憩する。彼は領主が何とかと叫んでいた。今回の件には事情があるらしい」


 丁度タイミングよく、フリーシア達を乗せた馬車も戻ってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る