第4話


 帝都とは真逆な、荒れ果てた地域が広がる貧民街。

 今にも倒壊しそうな家屋が立ち並び、地べたに布を敷いて生活する者も多い。


 道路は整備されておらず、魔物すら寄ってくる病魔の温床。


 貧困によって満足な医療を受けられず親を失い、孤児となった子供や犯罪歴がある者。


 亜人族とのハーフや麻薬中毒者。


 そういった者たちが帝国民が住む中心街から排除された結果、郊外にあった空き地を不法占拠して貧民街を形成したわけである。


 表では出せない盗品を売りさばく闇市や頻繁にある裏組織同士の抗争。

 治安も異常に悪い貧民街で、古い教会を改装してできた孤児院は周りの建物に比べたら立派に見える。


 ここはきっと貧民街の中で一番安全で温かい場所だと、マリーベルは思う。


「たっだいまー! ほら見てよ皆、今日も大金稼いできたんだ!」


 木製の扉を開けて早々、開口一番マリーベルは叫んだ。


「おかえりー、マリー姉ちゃんッ!」


「肉食えるのッ‼」


「遅いよ、姉ちゃんッ!」


 すると次々に歓声が飛んできて、小さい子供たちがお帰りと飛びついてくる。

 マリーベルはそれを嬉しそうに受け止めながら、しかしもみくちゃにされてちょっとだけ苦し気に笑った。


 金属がすり合うような甲高い音が鳴る布袋を奪い取ろうとしてくる子供たちは皆、耳が尖っていたり獣耳が頭についていたりと、一般的な人族とは少し違う容姿を持っている。


 そしてそれ以外にも、片腕がなかったり目が見えなかったりと、身体的なハンデを背負っていた。


「皆ちょっと待ってッ! 今カーラさんに報告に行くから」


 彼らを巧みに避けながら、マリーベルはこの孤児院の院長である老婆の元へ歩んだ。


 教会を改装してできたためか、祭壇の上で本を小さい子供たちに読み聞かせていた修道服を着た老婆はマリーベルの姿を見て目を細めた。


「お帰り、マリーベル」


「うん、ただいま。見てよ、カーラさん」


「凄い量だね。だけど、それは受け取らないよ」


 マリーベルは笑顔を引っ込め、眉根を寄せた。


「……もう近づくなと言っただろう。そんだけの大金、孤児であるあんたに払う余裕のある輩なんて『不死狗アンディ・ドッグ』の連中くらいなもんだ」


 貧民街を根城にする麻薬の密売で有名な裏組織の名前を出され、マリーベルは唇を嚙み締めた。


「違うよ……今日は本当に帝都の中で真っ当な仕事にありつけたの!」


「違わないね。悪い事をして誰かを食わせる必要なんてないんだよ」


「……」


 嘘を見抜かれたマリーベルは、力なく腕を下した。

 引っ付いていた子供たちが、不安そうに義母であるカーラと長姉に視線を注いでいる。


「真っ当に稼ぐなんてあたしには無理だよ……」


 自分の腕を見下ろすマリーベルは悲痛に歪んでいる。

 彼女の肌は褐色であり、耳は僅かに尖っている。


 それは地妖精ドワーフ族の特徴であるが、それにしてはマリーベルは背が大きく一目でハーフだと分かってしまう。


「稼ぐ必要などないんだ。あんたはただここで健やかに育てば良い」


「絶対に嫌」


「何故だい? 皆で仲良く飯を食べて遊ぶ。子供はそれでいいんだ」


「……よくわかんないけど、この孤児院を運営していけてるのは貴族の誰かがお金をくれるからでしょ?」


 マリーベルは、月に一度来る客人から大金を献上されているところを見てしまった事がある。

 その客人は帝都に住む一般的な平民以上に身なりが良かった。


「……あたしはハーフという存在を……自分を蔑んでくる貴族の誰かに生かされているなんて嫌なの!」


「……」


 苦い顔をするカーラは、皺のある顔を手で覆いどうしたものかと悩んだ。


 マリーベルは言っても聞かないと言わんばかりに瞳に力が籠っている。

 だがそんな折、玄関にある扉からノックの音が聞こえてきた。


「もしかして……」


 この孤児院を訪れる者は、基本的にノックなどしない。

 貧民街にいる柄の悪い連中は学も礼儀作法も知らないのだから。


 だから逆に、こうして扉を開けてくれるのを待つ人間などマリーベルは一人しか心当たりがなかった。


 この孤児院に献金している貴族の使いが来たのだと。


「待ちなッ、マリーベル!」


 カーラは駆け出したマリーベルを追って玄関に向かう。


(既に今月分は貰ってるんだッ、来るとしたら――)


 その後、マリーベルの姿は孤児院から消えた。


 

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